Quantcast
Channel: 動物たちにぬくもりを!
Viewing all articles
Browse latest Browse all 3575

母親を殺された子ゾウを野生に戻すために「ゾウの孤児院」がやっている3つのこと

$
0
0

母親を殺された子ゾウを野生に戻すために「ゾウの孤児院」がやっている3つのこと

2023年3月26日(日)

◆100年で8~4%にまで減ったゾウ
数多くの野生動物が暮らす、アフリカの国立公園。
中でもボツワナ、モザンビーク、タンザニア、ケニア、ザンビアは、ゾウの生息数が多いベスト5カ国である。
だがアフリカ全体で500万頭から1000万頭いたとされるゾウは、たった100年の間に40万5千頭にまで減ってしまった。
その理由は「密猟」だったと、旅行作家の山口由美さんは聞かされた。


写真提供:山口由美

旅とホテルをテーマにノンフィクション、小説、紀行、
エッセイ、評論など幅広い分野で執筆する山口さんは、33年前に体験した「エコツーリズム」の原点を探りに、昨年の11月中旬から12月初旬にかけてザンビアを再訪した。
そこで聞いたのがムフウェロッヂの「Elephants in Reception」。ロッヂのレセプションを通って、野生のゾウが中庭まで入ってくるという。
ゾウと自分を隔てる柵もない中庭で、触れるくらいの近さでゾウと出会った山口さんの体験は、前編「アフリカ・ザンビアのロッジに、10月から12月だけ野生のゾウが集まってくる理由」にてお伝えした。
だが間近で見たゾウに圧倒され、ドキドキする山口さんは、ガイドから無情な現実を聞く。
1950年代から60年代のザンビアにいた約25万頭のゾウが、1989年にはわずか約1万8000頭にまで減少した事実。
それは密猟が原因だった。
ザンビアだけではない。
1977年に始まったモザンビークの内戦で、双方の軍隊はアフリカゾウを狩り、象牙を売って戦争の資金源にした。
その結果、1992年までに、ゴロンゴサ国立公園内のゾウの数は90%以上も減少してしまった。
(「メスのアフリカゾウから牙がなくなった…密猟者から逃れるために急速に進化 」 Business Insider Japanより)
殺されたのは、象牙を奪われたゾウだけにとどまらない。
象牙のために母親が殺されれば、残された子ゾウは、自力で生き延びることはできないのだ。
首都ルサカの郊外に、密猟者に親を殺されたゾウの孤児を保護している施設があると聞いた山口さん。
後編では、山口さんに保護施設における子ゾウたちの暮らしと、彼らを野生に戻す過程について執筆いただいた。

◆母親を奪われた子ゾウたちの行方

首都ルサカの郊外にある「ゾウの孤児院」。写真提供:山口由美

まだかまだかと待っていると、突然、草むらの向こうから子ゾウが走ってきた。
水飲み場のある運動場のようなスペースに入るやいなや、われさきにと巨大な哺乳瓶を持った飼育員に突進していく。
哺乳瓶にかぶりつくと子ゾウはゴクゴクとミルクを飲み始めた。
その様子が何とも可愛らしい。
ゾウの孤児院では、1日数回、授乳の時間がある。
そのうち11時45分からの昼の授乳時間が一般公開されている。
見学する私たち人間は、Hide(隠れ場所)と呼ばれる物見台のようなところでゾウを待つ。
子ゾウの食欲は、驚くほど旺盛で、あっという間に巨大な哺乳瓶のミルクを飲み干してしまう。
飼育員は、幼い小さなゾウにもミルクがいきわたるように気を配る。
お腹がいっぱいになった子ゾウたちは、次に水飲み場に向かう。
密猟者に母親を殺されたゾウの子供を保護して養育し、野生に戻す活動をしているのがゾウの孤児院だ。
母乳を飲んでいる2歳以下の幼いゾウは、母親を殺されてしまうと生きていけない。
密猟の間接的な被害者となった子ゾウたちは、ザンビア全土の国立公園からここに集められる。
ゾウの孤児院はルサカ国立公園の「ワイルドワイフ・ディスカバリー・センターWildlife Discovery Centre」にある。
2022年8月に開業したばかりの真新しい施設だ。
ゾウの孤児を保護するプロジェクト自体は以前からあり、オルセン・アニマル・トラストという民間のNGOによって運営されてきた。
2つの野生動物保護団体、IAAF(インターナショナル・アニマル・ウェルフェア)とDSWF(ザ・デイビット・シェファード・ワイルドライフ・ファンデーション)も資金援助をしてきた。
ゾウの保護活動には大きく3つの段階がある。
レスキュー(孤児のゾウを救助する)、リハビリテーション(自立できる年齢まで育てる)、リリース(野生に戻す)だ。
これらの施設で活動しているのは、動物生態学、環境保護などを学び、国立公園の管理などでキャリアを積んだ専門家を筆頭に、ゾウの生態について教育を受けた飼育員などだ。
さらに時期によっては、こうした分野で勉強中の訓練生やボランティアも加わる。
ゾウの孤児院は、ミルクが必要な幼いゾウを育てるリハビリテーションの施設。
この施設は、以前は、同じくルサカの郊外にあるリライ・ロッジというリゾートホテルの敷地内にあった。
ホテルの敷地というと手狭な環境を想像するが、農園を前身とし、敷地内でゲームドライブもできるリライ・ロッヂの敷地面積は650ヘクタール。東京ディズニーランドが13個弱入る大きさである。
民間のNGOが始めたプロジェクトに、同じく民間のホテルが敷地を提供したのである。
2022年8月の開業に先がけ、7月に大がかりなゾウの引っ越しが行われた。

◆ゾウを野生に返したい

ワナ(Snare)の塔には、メッセージボードが掲げられていた。写真提供:山口由美

おおむね3歳以上の年齢に達し、ミルクが必要でなくなると、最後の段階である野生に戻すための施設、カフエ国立公園にあるフェニックス・キャンプに移される。
子ゾウたちは、ここで年長のゾウたちと生活を共にすることで、自然の中で生きていく術を身につけていく。
専門家や飼育員の役目は、子ゾウの健康状態や自立できる能力を観察し、野生に戻すタイミングを見極めること。
ゾウの成長は個体差も大きく、一律なプログラムがあるわけではない。
たとえば、フェニックス・キャンプにはゾウのための「ボマ(家畜を野生動物から守るための囲いをアフリカではこう呼ぶ)」があり、子ゾウたちは、保護された安全な環境で眠ることもできる。
単にサバンナに解き放つのではなく、慎重に段階を踏みながら、人の手で養育されてきたゾウを少しずつ自然の環境に慣らしていくのだ。
リリースする前にゾウたちにはGPSをつけたバンドが取り付けられる。
その後も彼らの行動を観察し、モニタリングするためだ。
孤児院で育ったゾウたちは、人間がゾウの生態を知る手がかりを与えてくれる存在でもあるのだ。
それがまた保護活動にも役立つ。
カフエは、首都のルサカから約350km、中西部に位置するザンビアで最も古い、アフリカ最大級の国立公園だ。
ゾウの生息数が多く、野生に戻す環境として適していること。
南ルワングア国立公園よりルサカからのアクセスがいいことが、選ばれた理由なのだろう。
ワイルド・ディスカバリー・センターではザンビアの自然や自然保護についても学べる。
観光客はもちろん、現地の子供たちも校外学習などで訪れるという。
密猟についての展示もあった。
眼を引いたのは、展示室の中央に集められた「Snare」と呼ぶ銅線を輪っか状にしたワナだった。
実際に密猟者が仕掛けた実物で、塔のような形状に集められている。
密猟の方法は2つ。
野生動物を銃で撃つか、こうしたワナを仕掛けるかだ。
国立公園では、ウォーキングサファリの時に同行したスカウトと呼ぶスタッフがパトロールをして、不審な密猟者を探したり、ワナを撤収したりしている。
ワナの塔には、いくつかのメッセージが記されたボードが掲げられていた。
「ここに1000のワナがあります。これらはすべて南ルワングア国立公園で集められたものです。これによって1000頭の野生動物の命が守られました」
ワナの実物を眼にすると、実感として言葉の重みが感じられる。

◆「残忍なものから美しいものへ」

「マルベリー・マングース」の店内。写真提供:山口由美

そういえば、南ルワングア国立公園で興味深いものを見た。
「マルベリー・マングース」というNGOが運営する工房と店舗で、地元の女性アーティストがローカル素材を使ってアクセサリーを制作している。
そのなかに、針金状のワナを使ったアクセサリーがあった。
手渡されたパンフレットには「残忍なものから美しいものへ」というメッセージが記されていた。
デザインも洗練されている。
アフリカの人たちは、負の要素を美しいもの、楽しいものに転換するのが上手だ。
南アフリカの黒人居留地「ソウェト」では空き缶や針金などの廃物を利用したアートの制作が盛んだ。
ワナのアクセサリーは、それに通じるものがある。
そして、アクセサリーを購入した代金の一部は、密猟対策のパトロールのための資金になる。
ザンビアを訪れる日本人観光客は少ない。
しかも、その多くはビクトリアの滝周辺の観光に限られ、ゾウの孤児院や南ルワングア国立公園を訪れる人はほとんどいない。
だが、かつて大量の象牙の印鑑を消費した私たちは、密猟によるゾウの大量虐殺と無縁とはいえない。
この国のゾウたちの過去と未来にもっと眼を向けるべきなのではないか。

協力:Game Renger(ゾウの孤児院を運営するNGO) Murberry Mongoose(アクセサリーを販売するNGO)

山口 由美(旅行作家)


Viewing all articles
Browse latest Browse all 3575

Trending Articles