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特養で8か月間を過ごした保護犬「もえちゃん」の悲惨な過去

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特養で8か月間を過ごした保護犬「もえちゃん」
 施設長が知らされた悲惨な過去とは

2022年11月9日(水)

ペットと暮らせる特養から 若山三千彦
神奈川県横須賀市にある特別養護老人ホーム「さくらの里山科」では、犬や猫と一緒に暮らすことができます。施設長の若山三千彦さんが、人とペットの心温まるエピソードを紹介します。

◆人懐っこく、ホームの環境にすぐ慣れた「もえちゃん」
10年前にわずか8か月間一緒に過ごしただけなのに、私たちの心にいつまでも残っている犬がいます。
ペットと一緒に入居できる特別養護老人ホーム「さくらの里山科」で、犬と一緒に暮らすことができるのは2階にある2-1、2-2という二つのユニット(区画)です。
2012年4月にホームを開設した時、2-2ユニットに最初に入った犬は、毛並みがきれいで、かわいらしい女の子(メス)の「もえちゃん」でした。
保護犬ですが、純血種の柴犬と分かっていました。



最近、大人気の柴犬。
しかも、こんなにかわいいのに捨てる人がいるのかと不思議に感じたのを今でも覚えています。
人懐っこい「もえちゃん」は、ホームの環境にすぐ慣れました。
開設後間もなくやってきたので、ユニットには当初数人の入居者しかいませんでしたが、その後、入居してくる高齢者を次々と迎え、すぐに親しくなりました。
犬と暮らせるユニットに入られる高齢者は、犬好きの方に限定していますので、入居する時に「もえちゃん」に出迎えられ、皆さん大喜びされていました。
入居者が目を細めてなでてあげると、「もえちゃん」も満面の笑みを浮かべたように大喜びしていました。
「もえちゃん」は、腰が悪く、全力で走ることはできませんでした。
保護犬なので正確な年齢はわかりませんが、獣医さんが推定した年齢は10歳前後。
そろそろシニア犬という年齢です。
当時の私たちは、加齢によって腰が悪くなってきたのかなと思っていました。
全力でこそ走れませんが、いつも、ユニットのリビングを、トコトコと歩き回っていました。
廊下の端から端まで歩いては、入居者の居室に入ったりして、自由気ままに散策を楽しんでいました。
10LDKのマンションのような構造のユニットは、普通の家に比べれば、かなり広いです。
そんな広い空間を自由に歩き回れるのが、とってもうれしそうでした。
さらに、ドッグランを歩くのも大好きでした。
ホームの庭はフェンスで囲まれたドッグランになっています。
入り口から奥までが60メートルほどある、なかなかの広さです。
まばゆい太陽の光を浴びて、心底うれそうな顔をしていました。
周囲の里山を渡ってくる風に吹かれて、とても気持ちよさそうにし、土や草の匂いを嗅いでは喜び、樹木の間を楽しそうに歩き回っていました。
こうした幸せそうな様子を見て、入居者も職員も「もえちゃん」のことが一層好きになり、皆で競うようにかわいがっていました。
入居者も幸せ、職員も幸せ、犬も幸せ。
これが私の作りたかった老人ホームだと強く思ったものです。

◆風を浴びてドッグランを歩く…なぜあんなにうれしそうだったのか
残念ながら幸せな日々は長くは続きませんでした。
「もえちゃん」は元々、肝臓と腎臓がかなり悪い状態だったのです。
元気に暮らしているように見えて病気を感じさせなかったのですが、その年の12月に突然倒れ、動けなくなってしまったのです。
動物病院に急いで連れて行ったところ、肝臓の状態が非常に悪化していて危ない状態であると宣告されてしまいました。
それでも、できる限りの治療はしてほしいと思い、緊急入院させたのですが、その夜、死んでしまいました。
私は、妻と一緒に泣きながら「もえちゃん」を迎えに行った時のことを今でもはっきり思い出せます。
そして、あまりにも早く死なせてしまったこと、最期を看取(みと)ってあげられなかったことを、保護してくれた動物愛護団体「ちばわん」のスタッフに謝罪しました。
せっかく「さくらの里山科」に託してくれた犬をわずか8か月で死なせてしまったことを非難されると覚悟していたのですが、スタッフさんからは逆にお礼を言われました。
その時、初めて「もえちゃん」の悲惨な過去の話を聞かされたのです。
「もえちゃん」は、悪質なブリーダーに飼われていた繁殖犬だったそうです。
不衛生で劣悪な環境の中、歩くことどころか、立つこともできない狭いケージに閉じ込められ、何回も何回も、ひたすら子どもを産まされていたそうです。
おそらく10年近く、そんな悲惨な生活を続けた後、ブリーダーが経営破綻したことで救出され、初めて外の世界に出たのです。
救出された当時、自力で立ち上がることもできなかったそうです。
「もえちゃん」を預かった「ちばわん」のスタッフさんは、もうこの子は一生歩くことができないだろうと思ったそうです。
それでも懸命に世話をして、リハビリを続けたところ、奇跡的に歩くことができるようになりました。
そして、「さくらの里山科」にやってきたのです。
「人生(犬生)の最後の8か月間、広い家でのびのびと過ごして、ドッグランまであって、幸せだったと思います」と「ちばわん」のスタッフさんは言ってくれました。
狭いケージに長い間閉じ込められていたから、広いユニットを自由に歩き回って喜んでいたのか。
10年間外に出たことすらなかったから、風を浴びて、草や土の匂いを感じながらドッグランを歩くのがあんなにうれしかったのか。
暗闇でずっと暮らしていたから、お日様も見たことがなかったから、日の光を浴びるのが、あれほど好きだったのか。
立つこともできないケージに閉じ込められていたから、走ることができなかったのか。
真相を聞いた私たちは大泣きしてしまいました。
「さくらの里山科」がやっていることは、入居者を幸せにすることです。
犬や猫と一緒に暮らすことを幸せに感じる入居者のために、ペットと一緒に暮らせる体制を作っています。
ペットのための活動ではありません。
でも、「もえちゃん」が、ほんのわずかな期間でも、幸せを感じてくれたとしたら、10年分の人生(犬生)を8か月で少しでも取り戻してくれたとしたら、とてもうれしいです。
「もえちゃん」のような悲惨な境遇の犬が社会からいなくなることを祈っています。


8か月間、広い家でのびのびと過ごせた「もえちゃん」


同じ保護犬出身の「プーニャン」(左)と「もえちゃん」(右)

若山 三千彦(わかやま・みちひこ)

社会福祉法人「心の会」理事長、特別養護老人ホーム「さくらの里山科」(神奈川県横須賀市)施設長  1965年、神奈川県生まれ。横浜国立大教育学部卒。筑波大学大学院修了。世界で初めてクローンマウスを実現した実弟・若山照彦を描いたノンフィクション「リアル・クローン」(2000年、小学館)で第6回小学館ノンフィクション大賞・優秀賞を受賞。学校教員を退職後、社会福祉法人「心の会」創立。2012年に設立した「さくらの里山科」は日本で唯一、ペットの犬や猫と暮らせる特別養護老人ホームとして全国から注目されている。20年6月、著書「看取り犬・文福 人の命に寄り添う奇跡のペット物語」(宝島社、1300円税別)が出版された。


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