坂上忍さんが危惧する「日本の保護活動の行く末」
動物の世話をする人の生活が守られていない
2022年6月29日(水)
以前から犬猫の保護活動に取り組んでいた俳優の坂上忍さん(55)が、今年4月千葉県袖ケ浦市に動物保護ハウス「さかがみ家」をオープンさせた。
約4500坪の広大な土地を私財で購入し、その敷地に建物面積130㎡の母屋(犬部屋32畳、猫部屋20畳+キャットラン)と、2000㎡のドッグランを作り上げた。
飼育放棄された犬や猫を引き取り、心身共に健康になるまで面倒を見て、里親に引き渡すのが役目となる。
「寄付やボランティアに頼らず、自力で利益を生み出し運営していく」と坂上さん。
そこには日本の保護犬・保護猫を取り巻く現状を、少しでも改善していきたいという強い思いがある。
「さかがみ家」は、どんな保護活動の未来を描いているのだろうか(2回にわたって紹介。今回は後編です)。
保護ハウス「さかがみ家」をオープンさせた坂上さん(写真:著者提供)
■初めて数カ月、今がとても楽しい
――「さかがみ家」のスタッフさんは、ボランティアではなく正社員や業務委託という形態なんですよね?
坂上忍(以下、坂上):
はい。今は何の収益もないので、出てくだけです (笑)。
1年間は持ち出しでいいと思ってやっていて、まだ数カ月なので大丈夫です。
今はとても楽しいですよ。
思ったことをすべて口にして、可能か不可能かを判断しているところなので。
この前はスタッフたちと3000坪の池をどうするかという話になって、収益につなげようと「池といったらレンコンだろ!?」と言ったのですが、初出荷できるのが3年後らしくて。それまで収益にならないからと僕の意見はボツになりました(笑)。
――それは残念! 今、ここで動いているスタッフさんは何人いますか?
坂上:
一般募集で決まった正社員は現在5人、業務委託のタレントさん7人の、全部で12名ですね。
リモート面接で済ませようとしたのですが、やっぱり直接会わないと無理だなと思って。
――どんな業界でも人材は重要ですが、特に「さかがみ家」での仕事は動物の命に関わるので、それだけ人材選びは慎重になりますよね。「愛情」であるとか、「責任」であるとか。
坂上:
僕の場合、人間性を最も重視します。
一般募集の応募者が約1000人いて、その9割が女性でした。
こういうことに関しては女性が多いのはわかっていたのですが、ここまで偏るとは驚きでしたね。
まず、書類選考があって、スタッフのリモート面接があって、その後に僕がリモート面接して、最終的に対面で面接しました。
新しい人とお付き合いするときって、これまでの芸能人生で培った「この人だったら裏切られても仕方ないのかな」という勘で選びますね。
期待もしていますけど、どこかで裏切られる可能性があることも想定しています。
ただ、今回は皆さん若いので、人間性だけでなく、可能性も考えました。
結果的に、正社員は全員20代前半で女子。
どうやって付き合えばいいんだろう、どうやって話せばいいんだろうって悩みもあります(笑)。
テラスに設置されたネコの遊び場(写真:著者提供)
■まっさらな人のほうがいい
――テレビ番組で拝見しましたが、スタッフの皆さんはほかの保護団体などで研修を受けているようですね。経験者ではなく、初心者あるいはそれに近い人材をスタッフに選んだのはなぜですか?
坂上:
テレビで映っていたのは、名古屋の団体さんです。
いろいろなやり方があると思うのですが、厳しい所で研修したほうが勉強になると思ったので、そういうところへ行ってもらいました。
別の団体さんからも協力をいただいています。
いろいろなお考えはあると思いますが、キャリアは経験を積めば付いてくるものだし、僕は経験上、色が付きすぎている人よりまっさらな人のほうがいいと思っていて、動物に関してはまっさら、あるいはそれに近い人を選んで、自分たちで色付けしていく。
みんな、ゼロから学ぶ気持ちのある本気のスタッフですね。
――自分たちで保護活動の新しい道を切り開いていってもらいたいということですね。
坂上:
スタッフたちが金銭的にも精神的にも疲弊していては、良いアイデアも浮かばないし、熱意だってなくなるので、良い環境の中で仕事に見合う対価を得て、自分たちで得た利益で回していいけるよう、僕と一緒に楽しみながらお仕事をしてもらえたらと思っています。
――収益を上げるためには、「坂上忍」という名前をフルに使うということですが、どのようなことをしようと考えていますか?
坂上:
そういう反則技を使ってでもということなのですが(笑)。
結局、自力運営を目指すといっても、老人ホームの経営のように国の助成金が下りるわけではないので、「坂上忍」というネームバリューをフルに使ってでも収益を上げて、民間として助成金制度を実現したいですね。
また、動物の保護活動は職業として認められていないので、「保護士」という職業を世の中に作るという夢もあります。
僕はここでお金を稼げるありとあらゆることをやって、核になるものを作ろうと考えています。
動物のお世話をする人の生活を守りたいんです。
そうしたら、その人たちだって気持ちよくお世話ができるじゃないですか。
あるとき、動物に関わる人たちに集まってもらって、自由に話していただく会を開いたのですが、何十年も動物の世話をしてきた保護団体の代表の方が「もう60歳を過ぎました。自分には退職金がありません。動物のお世話ができたことは幸せでしたけど、この歳になり急に不安が襲ってくる瞬間があるんです」と話されたんです。
僕は「そりゃそうですよね」って思って。でも、その人を責めることはできません。
その人がいなかったら苦しんでいる動物がもっと沢山出てしまっていたわけですから。
だから言葉は悪いですけど、そこには絶対に「商売」というものを取り入れて、そういう人を守らないと、その人がやってきたこと自体が否定されかねないなと。
他人から否定されるということもありますが、「これでよかったのだろうか」と、自分自身を否定してしまうのは残念ですよね。
広いドッグランで犬たちはのびのび(写真:著者提供)
■何もやらないデロデロなお父さん
――たくさんの動物たちの命を深い愛情で救ってきた人が、晩年にそんな思いを持ってしまうような仕組みは何とかしないといけないです。
坂上:
僕は、東京で動物と暮らしていたときは、生意気ですけど「ちょっと優秀な、しつけが上手な飼い主」みたいな感じでした。
でも千葉に来てからは、何もやらないデロデロなお父さん(笑)。でも、実際どっちがいいのかなと思っているんです。
こちらには草が多いし、犬が散歩中におしっこしてもペットボトルの水をかけるなんて誰もやらないし、うんちも拾わないですよ。
まあ「うんちはちゃんと拾わないと」とは思いますけどね(笑)。
ただ、そういう環境で自分も緩くなっていると、犬も猫も楽しそうなんですよ。
――私も滋賀県の自然の中で暮らしているので、それはわかります。キリキリ感がないです。
坂上:
キリキリ感って動物たちに伝わりますからね。
なので、「さかがみ家」のスタッフには「とにかく昼寝をして」と言っています。
何かやらなきゃじゃなくて、「お世話の時間は決まっているので、その合間はどこかでゆっくり昼寝をしてください」「昼寝も仕事です」と。
そうなると犬ものんびりします(笑)。
さかがみ家の挑戦は始まったばかり(写真:著者提供)
■保護に特化した月刊誌を作りたい
――本当にみんなのんびりしているし、楽しそう。これを維持するためには、やはり事業として永続していかないといけなくて、その先には夢の実現もあります。そのために、どんなことをしていこうと考えていますか?
坂上
すでに動き始めているのは、害獣駆除問題に絡めたジビエのおやつや、犬・猫のグッズ、消臭剤の販売などで、いろいろな企業と会い、商品化を模索しています。
それと、これは周知活動としてですが、保護に特化した月刊誌を作りたいなと。
僕がやらせていただいている動物番組はかなり保護に特化しているのですが、それでも「保護犬ってどうやって引き取るの?」と知らない人が圧倒的に多くて。
だからベーシックな部分の周知というのも大切なんだと思って。
その両面で進めていますね。
これらの収益で自立できれば、その先のフランチャイズ展開にもつなげていけると考えています。
ぶっちゃけ、大変なものに手を出したなあとビビってはいます。
でも、僕にとってはこれが人生を賭けた最後の挑戦だし、それに絶対に失敗はできない。
動物の大切な命を預かっていますからね。
だからこそ、お金を稼ぐためならとにかく何でもやろうという覚悟なんです。
なんとか収益を上げて、できるだけ早い段階で事業化したいですね。
<インタビューを終えて>
「さかがみ家」の挑戦はまだ始まったばかりだ。
きっとこれからもいろいろな壁にぶつかることだろう。
しかし、広いドッグランで走り回る保護犬や、キャットランに勢いよく飛び出してくる保護猫の生き生きとした姿を見ていると、何かが少しずつ動き始めている気がしてくる。
そこで働くスタッフたちの背中を力強く押していくのは、彼らの存在なのかもしれない。
阪根 美果 :ペットジャーナリスト
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