一番なついていた犬はロシア兵に銃殺され...
「700匹の命」を守る「シェルターの母」
2022年6月14日(火)
<捨てられた動物の保護施設を運営するウクライナの女性。戦争で大きな被害を被ったが、毅然とした態度でロシア軍から動物たちを守っている>
[キーウ近郊ホストメリ発]捨てられたり、虐待されたりした600匹の犬と100匹の猫を保護している「ホストメリ動物シェルター」は、ロシア軍が2月24日午前5時に侵攻してきたキーウ近郊ホストメリノのアントノフ国際空港からわずか8キロメートルしか離れていないところにある。
【木村正人(国際ジャーナリスト)】
「雨で流れた土でかなり埋まりましたが、ここに砲弾が落ちた跡が残っています」。
シェルターの創設者アーシャ・セルピンスカヤさん(77)は着弾跡から砲弾の破片を拾い上げた。
朝起きてロシア軍侵攻の一報を聞いたアーシャさんはキーウの自宅からバスに乗ってホストメリのシェルターに向かった。
「動物たちが心配で、居ても立っても居られなかったのです」
「翌25日には500人のロシア軍部隊と戦車、装甲車が現れました。ロシア軍とウクライナ軍の間に位置するシェルターのすぐ近くで戦闘が始まりました。電気も水道も止まってしまいました。ロシア軍に包囲されたため、犬や猫の水やエサが補給できなくなりました」。
何匹かの犬が近づいてくるロシア兵からアーシャさんを守ろうと吠え立てた。
「ロシア兵は犬を殺すためにやって来たわけではありませんが、吠えられたので1匹の犬を撃ち殺しました」。
アーシャさんに一番なついているジーナだった。
17日間以上、水とエサが途絶えた。
ステージ4のがんと闘う夫のバレリさん(78)が発電機や燃料、食料、水を運ぶのを手伝ってくれた。
計3回攻撃を受け、巻き添えで犠牲になった動物は16匹に達した。
ホストメリで動物シェルターを運営するアーシャさん(左)とマーシャさん(6月13日、筆者撮影)
■潜水艦発射型ミサイルを開発していた夫がシェルター作りを手伝ってくれた
数学の大学教授だったアーシャさんは捨てられた子犬や子猫を街で見かけると放っておけなかった。
自宅は犬や猫でいっぱいだった。
大学を退官した時、身勝手な飼い主にゴミのように捨てられた動物を救おうとシェルターの創設を決意する。
自宅を担保に1万5000ドル(約200万円)を借り、古い牛舎を購入した。
集合住宅なら3戸購入できる金額だ。
■取り残された隣家の雌ライオン
2000年シェルターは開設された。
しかし「最初、寄付は全く集まりませんでした。ゴミ捨て場から使えそうなものを拾ってきて牛舎を動物シェルターに改造したのです」。
ウクライナがまだソ連の一部だった頃、ロケットサイエンティストとして潜水艦発射型ミサイルの開発・製造に関わったバレリさんが大工仕事を手伝ってくれた。
街をさまよう野良犬は危険だと衛生当局はメディアを使って情報を操作する。
2012年にウクライナとポーランドがUEFA欧州選手権を共同開催した際、野良犬は捕獲され、殺処分にされた。
野良犬を捕獲すると1匹につき40ユーロ(約5600円)近くが支払われた。
キーウだけで1年間に1万5000~2万匹の犬が殺処分にされたと言われている。
しかし、この悲劇をきっかけに国際社会から動物愛護の声が集まり、アーシャさんのシェルターに寄付が集まるようになる。
キーウの大学でマネジメントを修了し、祖母を手伝うマーシャ・ブロンスカさん(24)は「アーシャはとても強い女性です。常に心の声に従って行動する。『ここはシェルターだから出ていきなさい』とロシア兵を追い返そうとしました」と振り返る。
アーシャさんのシェルターの隣家ではヤギやニワトリ、ブタ、カラス、犬、猫のほかアライグマやクジャク、雌ライオンまで飼われていた。
砲撃で隣家から炎と煙が上った。
飼い主は負傷して病院に運ばれ、飼育係は死亡した。
アーシャさんらは隣家から動物を救出した。
しかし、いくら探してもライオンの檻だけカギが見つからない。
雌ライオンはまだ若く、それほど大きくなかった。
性格も大人しかった。
ロシア軍がホストメリを占領していた約5週間、アーシャさんらは雌ライオンに水やドッグフードを与えるため通い続けた。
しかしロシア軍はウクライナ軍の反撃を食い止めるため檻の周囲に地雷を埋設した。
陣地を作るためだ。
雌ライオンは5~6日もの間、水もエサも与えられなかった。
ローテーションでロシア兵が交代したのを見計らってアーシャさんと2人の女性職員が「地雷を埋めるなら、私たちの代わりにライオンに水とエサをやって」と申し出た。
袖の下としてタバコを2箱渡した。
ロシア兵は地雷を爆発させ、アーシャさんたちが雌ライオンに水やエサをやりに行けるようにした。
3月30日の朝、ロシア兵はシェルターを徹底的に捜索し始めた。
ウクライナ軍に連絡する携帯電話を隠していないかどうか調べるためだった。
劣勢になったロシア軍はホストメリから撤退する準備を急いでいた。
夕方、戻ってきたロシア兵は激怒していた。
「携帯電話を隠しているだろ。誰が持っているか白状しないと、足を撃ち抜くぞ。1、2、3...」と数え始めた。
■「動物たちを守りたいという一心でした」
女性職員の1人が泣き始めた。
シェルター内を再捜索したロシア兵は携帯電話を見つけた。
アーシャさんは自分の携帯電話を水樽の中に放り込んで壊していた。
女性職員が隠していたのだ。
ロシア兵は男性職員を連行し、暴行を加えた。
この男性職員が戻ってきたのは翌朝の午前6時だった。
アーシャさんはホッと胸をなで下ろした。
アーシャさんに怖くなかったか尋ねてみた。
「動物たちを守りたい、シェルターを守りたいという一心でした。何が恐怖なのか分かりませんでした。責任感が恐怖心を上回ったのです」とアーシャさんは当たり前のような顔をして話した。
雌ライオンは4月上旬にポーランドに引き取られていった。
動物たちの新たな飼い主を見つけるのがアーシャさんたちのゴールだ。
シェルターの物的損害は3万ドル(約400万円)を超えた。
戦争で捨てられた動物は増えたのに、ペットフードの供給は減った。
犬や猫のエサは月3000~5000キログラムが消費される。
電気と水を供給する発電機の燃料も必要だが、35%も値上がりした。
ボランティアも有償でなければ長続きしない。
犬や猫の去勢・避妊手術に対する偏見も根強く残る。
アーシャさんと同じように動物好きのマーシャさんは「悲しいこと、悪いことが多いからこそ世の中のためになることをしたい」と祖母のシェルターを引き継ぐことを心に決める。
アーシャさんは「今はロシアを3度呪いたい。ひどいのはウラジーミル・プーチン露大統領だけと思っていたが、ロシア全体に問題があることが分かりました」と語る。
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