飼い主の高齢化で取り残されるペット、同伴して入居できる高齢者施設はまだ少数
2022年4月9日(土) 東洋経済ONLINE
コロナ禍が始まった2020年以降、癒やしを求めてペットを飼う人が増えている。
犬の新規飼育頭数は2019年の35万頭から2021年には39万7000頭へ、猫は同39万4000頭から同48万9000頭に大きく伸びた(ペットフード協会調べ)。
実際、ペットと触れ合うと、愛情ホルモンといわれる「オキシトシン」が分泌され、幸せな気分になり、痛みがやわらぐ効果もあるという。
犬を飼えば、散歩に行くことになり、健康増進にもつながる。
猫は体も小さく、自宅で飼うにはもってこいといえるだろう。
その一方で、飼い主の高齢化による「ペットの取り残され」が大きな問題となってきている。
コロナ禍でのペット飼育数の増加が新たな問題を生んでいる(写真:Toa55/PIXTA)
■飼い主の施設入居で取り残されたモモ
猫好きの新井順二さん(仮名)がモモ(推定15歳)の窮状を知ったのは、近所のAさんからの情報だった。
聞けば、隣に住んでいた90代の女性が老人施設に入居することになり、モモが取り残されてしまったという。
「その90代の女性とは立ち話をしたことがあり、モモを見かけたこともあるので、何とかしなくてはと思いました」と新井さんは話す。
Aさんによると、その90代の女性は、モモの姿が見えないと「モモちゃん、モモちゃん」と大声で探し回るほどかわいがっていたという。
モモは出入り自由で暮らしていたため、外に出ていたときに施設に入居したと思われる。
ペットを同伴できる施設は少なく、本人がモモを連れて行きたくても、難しかったのだろう。
新井さんは、すでに取り残されたモモに気づいて餌をあげていた近所のBさんと連絡を取り合い、協力して世話を始めた。
「僕が引き取れればいいのですが、ペット不可のアパートに住んでいるので、無理なのです」と新井さんは残念そうに話す。
こうしてモモの世話をして数カ月が経ったとき、モモに異変があった。
耳がただれ、ご飯も食べなくなったのだ。
動物病院に連れて行くと「耳にがんができているかもしれない」という。
そのまま入院となり、がんを摘出する手術をすることになった。
手術は無事に終わり、モモは片耳になったが、元気を取り戻した。
手術後の行く末を心配していた新井さんだったが、受診した動物病院の獣医師が保護猫活動に熱心な人で、モモの里親探しに奔走し、無事に行き先が決まったという。
モモは周囲の人たちの愛情によって助けられ、生き延びることができた。
幸運な猫といっていいだろう。
だが、介護現場では高齢者がペットの世話ができなくなり、困っているという状況が顕在化している。
「現行の介護制度では、ヘルパーにペットの世話は許されておらず、手助けできないのです。問題を解決するためには、当事者と包括支援センター、行政、ボランティアなどが一体化して取り組む必要があります」と語るのは「かわさき高齢者とペットの問題研究会」の渡辺昭代さんだ。
同会は、行政書士、介護福祉の関係者、大学の研究者などが集まり、2015年に発足した。
がんの手術で片耳になったモモ(撮影:Bさん)
■介護現場でペットの問題が急増中
同会には、各方面から相談が持ち込まれるが、本人が認知症になっていたり、ペットが劣悪な状態で飼育されている場合、解決するのに大変な労力がかかってしまう。
「そうなる前に、介護保険のケアプラン作成の段階で、ペットの有無をチェックする仕組みがあるといいですね。そうすれば、事前に対策を講じることができます」と渡辺さんは言う。
同会のメンバーには犬や猫を飼っている人が多いが、今いるペットを看取った後は、年齢的なことを考えて新たに飼うことはしないという。
寂しい人には「犬や猫のロボットを手元に置く」「猫の預かりボランティアをする」等、さまざまな方法があると話してくれた。
神奈川県横須賀市にある特別養護老人ホーム「さくらの里山科」は、ペット同伴での入居が可能だ。
ペットにかかる費用は、餌代、医療費、消耗品代の実費だけ。
飼い主が亡くなった後は、遺族が希望すればペットを最期まで世話することも可能だ。
その場合は飼育費として月5000円を払ってもらう。
ペットと入居できる「さくらの里山科」を設立したのは10年前のこと。そのきっかけを理事長の若山三千彦さんに聞いた。
■飼い主が亡くなった後も施設がペットを世話
「ある男性の高齢者の方との出会いですね。当法人の在宅介護部門で長年ケアをしてきた方で、愛犬と暮らしていたのですが、身体が弱って老人ホームに入居することになったんです。でも、愛犬の引き取り手が見つからず、泣く泣く保健所に引き渡すことに。それをずっと悔やみ続けて、入居後、半年もしないうちに亡くなってしまったのです」
そのとき、ずっと見守ってきた職員が「亡くなるまでの半年間、自分を責め続けて死んでいくなんて、こんな悲惨な最期はない」と訴えるのを聞き、ペットと一緒に暮らせる老人ホームをつくろうと思い立ったのだそうだ。
ただ特別養護老人ホームの収益構造では、ペットを受け入れるのは現実的に難しく、ペット可のところはほとんどない。
とはいえ、有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅では、少しずつペット可の施設も増えている。
「諦める前に、ペットと一緒に入居できる施設がないか探してほしい」と若山さんはアドバイスする。
自分が死んだ後、遺されるペットのためにできることとして、遺言やペット信託がある。
「行政書士かおる法務事務所」の磨田薫さんに詳しい話を聞いた。
「飼い主が亡くなったとき、身内の方がペットの存在を知らず、置き去りになることもあります。ペットの存在を知っていても、ほったらかしにする人もいれば、すぐに保健所に電話する遺族もいます。ペットを大切に思うなら、生きているうちに手立てを講じることが大切です」
■遺言書やペット信託で愛猫や愛犬を守る
ペットを遺族に託す方法として、ペットの世話をすることを条件に遺産を贈与する「負担付遺贈」がある。
これは自分の死亡時には有効だが、施設に入居することになったときなどには利用できない。
その点、ペット信託は、飼い主(委託者)が信頼する相手(受託者)と信託契約を結ぶというもので、確実にペットの世話を頼むことができる。
受託者は、飼い主が万が一の際のペットの飼育費を管理し、いざというとき、飼育する人に飼育費を支払う役割を担う。
飼い主が病気などで世話をできなくなった場合も利用できる。
「誰でも万が一のときのことは想像したくないでしょうが、ペットを飼っている人は、年齢に関係なく、いざというときのことを考える責任があると思います」と磨田さんは強調する。
ペットのことを思うなら、元気なうちにやれる手立てを考えておくことが肝要だ。
備えあれば憂いなしである。
自宅で倒れ、救急車で運ばれた女性。愛猫の祐介が心配で老人ホームに入るのを拒否し…
佐久間 真弓 :フリーライター