動物に“痛みを伴う手段”を禁止
ドイツで起きた警察犬の首輪をめぐる論争
2022年3月22日(火)
動物との共生に対し、先進的な取り組みを行っているドイツ。国内では動物を保護するための施設が充実し、動物に関する法律は100年以上も前から整備されてきました。そんなドイツで今年1月、動物の訓練に関する新たな法律が施行。理解の声がある一方、警察など一部からは強い反発があるようです。現地在住ライターの中野吉之伴さんに、こうした論争のポイントや、動物について理解を深められる社会の仕組みを解説していただきました。
◇ ◇ ◇
◆19世紀から法整備が 動物の“愛護”ではなく“保護”を重視
ドイツはヨーロッパ内でも、国民の動物“保護”意識がとても強い国です。
そもそもの話ですが、ドイツは“規則の国”といっても過言ではないほど、何でも事細かく規約でまとめられます。
「フランスだと10ページほどにまとめられている法律が、ドイツだと200ページはある」なんてブラックジョークにも表れているほど。
そんなドイツで、動物保護について法整備の動きが最初にあったのは、19世紀のこと。動物の権利や虐待などの禁止事項が定められました。
「動物保護法」として制定されたのは20世紀に入ってから。
そして、第二次大戦後に動物保護法は何度も改正され、今では動物自身の権利や尊厳を守るための法律になっています。
ポイントは、「かわいい動物たちを守りましょう」とか「かわいそうだから虐待をやめましょう」という、人間を中心とした“愛護”の視点ではないこと。
「動物が持っている権利を私たち人間もしっかりと守りましょう」という、動物側の視点に立った“保護”が重要だと考えられていることです。
ドイツ・ミュンヘンで任務にあたる警察犬と警察。新たな法律で業務に影響が【写真:Getty Images】
◆今年1月に動物をめぐる新たな法律が施行 警察から反対の声が
ドイツでは今年1月から、国内全土で動物のトレーニングや訓練などに「痛みを伴う手段を用いること」が法律で禁止されました。
動物保護の観点から考えると大切な法律なのですが、これに異を唱えている人がいます。
それは警察です。
警察は時に犬と一緒に任務に就きます。
麻薬や爆発物などの探知犬に加え、ドイツでは大人数でのデモやサッカーでアウェー戦に向かうフーリガンの行進という場にも警察犬の姿が。
特にこういう場では人々の感情が高揚しすぎるあまり、時に暴力的な行動にまで事態が発展することも。
警察犬にはそうした人間を取り押さえるための重要な役割が任されています。
そうした特別な現場に出動する警察犬は、金属の突起がついた「スパイクチョークチェーン」という特殊な首輪をはめた状態で訓練されます。
見た目が少しいかついのですが、突起が直接首に刺さるわけではありません。
首輪を通して少し刺激を与えることで、コミュニケーションを取るために使用されているそうです。
なぜこうした首輪を使った訓練が必要かというと、現場では警察犬が容疑者と思しき人物に噛み付いた際、担当者が特殊首輪をちょっと締めることで攻撃のやりすぎを未然に防ぐことができるからなのだそう。
ただ、この行為が今回の新しい法律に抵触することになり、警察は警察犬を現場に動員できなくなるというのです。
「我々は少しも痛みを与えずにできる革新的なトレーニング方法に心を開いている」
ベルリン警察組合副代表のシュテファン・ケルム氏はこう話していますが、現時点ではそのためのトレーニング方法は確立されていません。
またニーダーザクセン州やベルリン州では、「例えばサッカーの試合などが挙げられるが、そうした特別な状況では警察犬がやりすぎずに完全にコントロールできることが求められる」ことを条件に、警察犬の訓練や動員に特例を求めているそうです。
◆動物と人間の共生を子どもの頃から学べる環境のあるドイツ
ヨーロッパ最大規模ともいわれるベルリンのティアハイム【写真:Getty Images】
一般市民はこの件に関して、どんな意識を持っているのでしょうか?
「そんなことをするために犬は生まれてきたんじゃない」「暴れる人間が悪いのに犬が悲しい目に遭うのはおかしいだろう」という声が聞かれます。
その一方で、「訓練士も警察官もやむにやまれぬ最後の時しか使用したりはしない」「他のやり方がない中で最善の対処をしておくことは必要ではないか」という意見もありました。
「これこそが正しい」という絶対的な答えを出すのは難しいことかもしれません。
しかし、こうした議論を通して、国民が持つべき意識を常にアップデートしていくことはとても重要でしょう。
その点、ドイツでは「動物と人間はどのように向き合って生きていくべきか」というテーマを考える機会が多いのではないかと感じています。
ドイツの動物保護施設ティアハイム。フリーマーケットといったイベントも行われており、収益はシェルターの動物のために使われる【写真:Getty Images】
ドイツ各地には、動物保護施設「ティアハイム」があります。
例えば「急死された方の元に残った犬や猫をどうしたらいいだろう?」という相談があれば、施設の職員はペットを引き取りに行きます。
交通事故に遭った動物を見かけたと電話があれば、現場へ急行。
獣医師と連絡を取りながら、最善の措置を取ります。
また「ティアパーク」という動物公園も人気です。
例えばフライブルク郊外にも「ムンデンホーフ」というティアパークがあり、市民憩いの場となっています。
管轄はフライブルク市。
入場料金などはなく、運営費は有志の寄付金を中心にしてまかなわれています。
誰でも自由に散策を楽しむことができるため、私も子どもたちが小さい頃は月に何度も足を運んで、目一杯楽しんだものです。
こうしたティアハイムやティアパークの活動について、学ぶ機会が子どもの頃からあるのも大切だと思われます。
授業の一環として訪れて、動物の生活を学んだり、動物たちの権利について知ったり、今問題になっているのはどんなことかの意見を出してもらったりするわけです。
夏休みにはティアハイムやティアパークがイベントや子ども向けプログラムを行ったりもします。
どんな問題もまず当事者意識を持って考えてみることからスタート。皆さんもぜひ、動物との共生についてご家庭などで考えてみませんか?
中野 吉之伴