【2021上半期の話題記事】より
飼い主逮捕で置き去りペットのピンチ、救った弁護士「動物に罪ないから」
2021年9月24日(金) 弁護士ドットコムニュース
ペットを飼っている被疑者が身柄を拘束されたとき、身寄りが全くなければ、ペットの世話はどうしたらよいのか。
その職責のなかに「ペット預かり」はないと考えられているものの、弁護士が役目を担うべきだろうか。
自ら犬の世話を買ってでた経験を語った内海文志弁護士のインタビュー(1月18日掲載)を弁護士ドットコムニュースで掲載したところ、大きな反響を呼んだ。
今回、当時の記事を再掲載する(記事内の情報は当時のもの)。
(編集部・塚田賢慎)
写真はイメージ(taa / PIXTA、加工は編集部)
●預かりました
「微罪での逮捕であっても、ペットにとっては死刑同然だ」と話す内海弁護士は、2015年~2016年にかけて実際に4頭の「被疑者の飼い犬」を無報酬で預かっている。
20年前、ある事案によって飼い主に置き去りにされた母犬と暮らした3カ月が、そうさせたのだという。
●動物好きな内海先生なら大丈夫だろ
――どのような経緯で預かったのでしょうか
自分自身の案件ではないのですが、弁護人のツテで、「被疑者のペットの犬を預かってくれないか。内海の家は部屋も空いているし、動物好きだろ」と声がかかりました。
たしかに、動物に興味のない刑事弁護人の中には、犬の名前や、飼われている頭数すら聞いていないこともありますが、僕はもともと、千葉県動物愛護推進員も務めていました。
連絡を受けた一両日中には、担当の刑事弁護人に鍵を宅下げしてもらうなどして、被疑者の自宅から僕の自宅に連れていったわけです。
預かったのは3度です。
1度はミニチュアダックスフントと雑種が2匹一緒でした。
あとはトイプードルが1匹ずつです。
●動物のことなら内海先生だろ
僕は犬の問題にも取り組んでいたので、動物保護の団体とも交流がありました。
家に連れ帰った犬をしばらく飼ったあとで、団体にお預けして里親を探してもらいました。
同時に、担当の刑事弁護人の先生には、被疑者から「所有権放棄書」を取ってもらいました。
所有権を放棄しないと、譲渡できないからです。
トラブルを避けるためにも意味があります。
トラブル抑止ということでは、自宅に入ることで、あとあと文句を言われそうな場合には、合意書を書くのもよいでしょう。
ですが、生き物の命が優先です。
合意書の前に、現場に行きます。
――トラブルを起こすような人が多かったのですか
精神的に不安定で、書いた後になって「睡眠薬を飲まされて眠っている間に書かされた。犬を返せ」と言う人もいました。
事件を起こしてしまうかたの中には、動物を虐待してしまうかたもいます。
4頭のうち、飼い主からかわいがられていると感じたのは1頭だけ。
残りは、僕が引き取りに行ったとき、見た目、犬にも見えない状態でした。
――犬たちはどんな状態でしたか
糞尿にまみれ、外に連れ出そうとしても、おびえて帰りたがる。
完全に虐待だと思いました。
1頭は弱って歩くこともままならず、抱き上げて帰りました。
もう1頭は警戒していたので、そのときはあきらめ、夕方になって今度はボランティアさんと行って、連れ帰ることができました。
本当にひどかった。
トリミングなんてされていませんから、毛が硬い鎧のようになっていた。
着せていた服をハサミで切って、それから毛をカットしようと悪戦苦闘しました。
5時間かけても半分も切れない。
刃先が皮膚にあたってしまうと、それから先はもう切らせてくれませんでした。
ハサミで犬の服を切ることにもリスクはあります。
飼い主からクレームをつけられることも覚悟の上でやりました。
しばらくして、ボランティアさんが、里親を見つけてくれました。
2頭は仲良しだったので、本当は一緒にいられたらよかったのですが、それはかないませんでした。
僕の家でそのまま飼ってもよいと思いました。
ですが、同じようなペットが現れたときのため、うちは一時避難所として、空けておいたほうがよいと考えました。
里親が見つかるまでのシェルターですね。
――それらの出来事からは、預かりの依頼はありましたか?
いえ。ありませんでした。
ですが、今後、僕が受任する案件で、引き取りが必要なときは、僕がまた預かります。
●なぜ、無償で預かったのか…1頭の犬
――ご自身でペットを飼った経験は?
今はいません。
20年くらい前、犬を飼っていました。
3カ月の付き合いでしたけどね。
そのころ、住宅の貸借人が賃料を払わなくなり、裁判になって、強制執行を受けた事案がありました。
家には1頭の母犬と5頭ほどの子犬がいました。
明渡しの期日までに、その人は子犬とともに引っ越して、親犬はそのまま放置していった。
吠える犬を、近所のかたが世話していたのですが、このまま執行となると、当時は動物愛護センターで殺処分されてしまう。
強制執行にあたり、犬は動産だから、譲渡の手続きをしているはずなので、所有権の問題もありません。
その話を聞きつけて、僕が引き取ったんです。
ボランティアさんも忙しくて、「とりあえず、先生のところで預かってほしい」というので、そのまま預かって飼いました。
――犬の名前は?
ハナちゃんと名付けました。
体調がわるく、病院に連れていって一時的に健康を取り戻しましたが、リンパ腫(ガン)になって、うちに来て3カ月後に亡くなってしまいました。
もともと外飼いの犬だったので、最初は僕の家に入ってくれなくて、玄関先で寝ていました。
おとなしくてね、いい犬でした。
ガンになったと話をしたら、千葉県弁護士会の有志が治療費を集めてくれました。
結局、2万円も集まったんですよ。
かかりつけの動物病院では、薬の卸問屋さんが、試供品の漢方薬をタダで提供してくれたりして、その犬を救うために、みなさんにお力をいただきました。
しかし、こんなことがあるのかと。
救ったと思った命がわずか3カ月でなくなってしまうのはショックでした。
親の墓参りには行かないんですけど、その子の墓参りは今でも行きます。
それがあってから、動物愛護について勉強しました。
●「預からない」と言っていた警察
逮捕されたとき、近くに親族がいないとか、夫婦2人とも逮捕されたとなると、ペットが取り残される問題が生じます。
残念ながら、警察が被疑者のペットを預かることは基本的にはありません。
僕がある警察署に問い合わせたところ、「ペットの世話について対処してしまうと、被疑者に対して利益供与になり、任意性に疑いが出てしまうことになってしまうので、警察では対処せず、ほぼ弁護士さんにお願いしている」ということでした。
動物愛護法では「ペットを遺棄してはいけません」と定められています。
現行犯などをのぞき、飼い主を逮捕することで、ペットが行き場を失うことが予想できていたのなら、警察は動愛法違反で犯罪を犯しているのに等しいのではないかと思ってしまいます。
人間が覚せい剤で逮捕されても、行き場を失ったペットにとっては死刑と同じですからね。
虐待と同じようなものです。
●その実、警察にも善意で引き取る人がいる
ただ、実は警察も困っているので、そこまで責められない事情もあります。
あるとき、接見のため、警察署に行くと、1匹の犬がいました。
保護センターで引き取ってもらうとのことでした。
犬ならば新たな飼い主を見つけるルートがあります。
しかし、他の動物ではそのようなルートはありません。
その近くに、1羽のウサギがいました。
聞けば、電車内で捨てられていて、引き取ったそうです。
警察も、行き先がないので困っていました。
そこで、僕の依頼者のなかに、保育園を運営されているかたがウサギを飼っていたことを思い出して、引き取ってもらったことがありました。
ほかにも、ある警察署の署員のかたが、「行き場のない猫を引き取って、自宅で10匹飼っています」と話していました。
犬以外の生き物も、本当に行き場がなくて、警察でも個人が負担している事情があるわけです。
●警察と保健所の連携が必要ではないか
――どんな仕組みが必要だと考えますか?
僕はボランティアさんと横のつながりがありましたが、普通は弁護士もどこに連絡したらよいかわからないだろうと思います。
個人で受け入れても、僕自身、一銭にもならないし、なんなら出費のほうが多い。
ホットカーペットをがりがりやられて、ダメにされちゃったこともありましたから。
仕組みとしては、僕が住んでいる千葉市だと「動物愛護指導センター」ですが、いわゆる保健所と、警察との間の組織的な連携が必要だと思います。
それができていないと、行き場のない犬が死んでしまうことになりかねません。
あらかじめ、取り扱いを決めておくべきでしょう。
保健所が引き取ったら、そこからさらに、ボランティアが引き取り、里親さんを見つけています。
被疑者のなかには、拘留中に、所有権の放棄を拒むかたもいますが、それでは保健所は引き取れない。
所有権放棄は必要でしょう。
――冤罪で捕まった場合、ペットの所有権を放棄し、離れ離れになるのは納得できないでしょうね
それもおかしいところですので、どんな扱いにするのか考える必要がありますね。
罪のない犬が1匹でも救われることを願っています。
【取材協力弁護士】
内海 文志(うつみ・やすゆき)弁護士
千葉県弁護士会犯罪被害に関する委員、同民事介入暴力被害者救済センター副委員長、同法教育委員会委員。日本司法支援センター千葉地方事務所副所長(犯罪被害者支援担当)。 事務所名:千葉第一法律事務所 事務所URL:http://www.chibadaiichi.jp/bengoshi.html
弁護士ドットコムニュース編集部