劣悪な環境から犬や猫を助けたい
立ちはだかる「所有権のカベ」、どう打ち破る?
2021年5月24日(月) sippo(朝日新聞社)
運用だけでは解決困難な残された課題とは
ペット関連の法律に詳しい細川敦史弁護士が、飼い主のくらしにとって身近な話題を、法律の視点から解説します。今回は、動物の緊急一時保護についてです。
◆多頭飼育崩壊が全国で多発
前回、多頭飼育問題の解決に向けた自治体や関係者の取り組みについて、紹介しました。
今回は、それに続いて、こうした運用だけでは解決困難な残された課題について、考えてみたいと思います。
自宅などで犬猫がネグレクト状態にある多頭飼育崩壊事例が全国で多発し、社会問題化しています。
ここ2年程度以内で、100匹以上の「超」多頭飼育事案に絞っても、少なくともこれだけあります。
2019年3月 群馬県太田市 猫113匹
2019年7月 徳島県 猫100超匹
2020年3月 札幌市 猫238匹
2020年5月 滋賀県 うさぎ約130羽
2020年6月 山口県宇部市 猫149匹
2020年9月 神奈川県海老名市 猫144匹
2020年10月 島根県出雲市 犬164匹
2021年4月 静岡県富士市 犬109匹
また、犬猫が長時間車中に置き去りにされる事案、孤独死や被疑者の身柄拘束などにより犬猫が室内に取り残される事案もあります。
◆立ちはだかる「所有権のカベ」
多頭飼育崩壊が全国で多発している
こうしたケースにおいて、動物保護団体などが保護、引き取りを申し出た場合、飼い主や相続人などの権利者から任意に譲渡されれば問題ありませんが、飼い主らがかたくなに拒否した場合は、飼育環境が劣悪であるとしても、強制的には保護できません。
犯罪捜査の手段として、裁判所の令状に基づき虐待されている動物を差し押さえすれば一時的に保護することは可能であり、今でも一部の事件ではそのような対応をしていますが、警察が動かない事案も多く、また、必要な捜査が終了すれば飼い主に返還する必要があります。
この「所有権のカベ」が、保護関係者や動物行政の前に高く立ちはだかっています。
現場の最前線で動物の保護活動をしている人たちであれば、必ず直面するといっても過言ではありません。
現場でリアルタイムに弱っていく動物を見ながらどうしても救えない、動物行政関係者も警察も助けてくれない状況で、何とか保護したいと思うあまり犯罪(住居侵入、器物損壊、窃盗など)もいとわないという人もいます。
仮に保護が強行された場合、現行法においても、緊急避難が成立するものとして、損害賠償責任や犯罪の違法性阻却事由になると解釈する余地はあるかもしれません。
しかしながら、それぞれのケースにおいて、動物の生命・身体に対する具体的な危険がどの程度迫っているのか、どのような権利がどの程度侵害がされたのかなどによって、判断が微妙なこともあります。
また、その場で第三者が法的判断をしてくれるわけでもないので、通常は、保護しようとする人と権利者との間で、トラブルになるおそれが大きいです。
そもそも、心ある保護関係者に、民事責任・刑事責任のリスクを負わせてはならないと思います。
◆動物の緊急保護という制度
虐待されている動物を助けるために
そこで、公的機関が強制的に、動物の緊急(一時)保護を行える法律上の制度が必要となります。
これは、現場の関係者が長年実現を要望してきた重要なテーマです。
この点について、飼い主らの所有権、財産権は憲法で保障されていることを理由に、否定的・消極的な意見があります。
しかしながら、これだけでは否定する理由にはなりません。
所有権は重要な権利ですが、かといってあらゆる制限が許されないというのではなく、公共の福祉による制限=法令で制約される場面は実際には多々あります。
例えば、銃や刃物・覚醒剤などのみだりな所持が禁止されていることや、土地の強制収用、法律や条例による各種の建築規制、自己が所有する動物であっても殺傷や虐待すれば犯罪が成立することも、所有権が制限されている具体的な場面といえます。
規制によって得られる権利・利益と、規制によって制限される権利を比較し、目的が正当であり、合理的な内容であれば、法律で規制しても憲法上の問題はなく、可能とされています。
そして、虐待動物の緊急一時保護によって得られる利益は、前回紹介した環境省の「多頭飼育対策ガイドライン」に示された目的とも符合します。
すなわち
1) 動物の生命・身体を保護する
2) 近隣住民の生活環境を保全する
3) 動物の飼い主を心身の悪化、生活状況の悪化から保護する
の3点と考えれば、動物だけでなく、人の権利・利益を守ることになります。
一方で、飼い主らの所有権が制限されるものの、例えば、所有権自体を失わせるのではなく、劣悪な飼育環境から動物を一時的に保護して獣医師の診察を受けさせ、その後健康状態を回復などの内容であれば、所有権に対する制限はそこまで強くはないといえます。
◆動物の緊急保護、導入検討を
このように、動物に対する緊急一時保護は、制度設計次第で十分合理的なものといえ、次回の動物愛護管理法改正では、前向きに導入を検討すべきと考えます。
具体的な内容を考えるにあたり参考になる制度として、児童福祉法33条に定める一時保護制度があります。
これは、児童の安全を迅速に確保し、適切な保護を図るため、児童相談所が原則として2カ月間保護するものです。
これを虐待動物にも準じて考えると、2019年改正によりその存在や役割が明記された動物愛護管理センターに一時保護権限を与え、また、必要に応じて外部委託も可能にする方法が考えられます。
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多頭飼育崩壊に陥るのはどんな人たちか 飼い主を救うことは犬や猫を救うこと
2021年4月27日(火) sippo(朝日新聞社)
ペット関連の法律に詳しい細川敦史弁護士が、飼い主のくらしにとって身近な話題を、法律の視点から解説します。今回は、多頭飼育崩壊についてです。
◆多頭飼育崩壊になった原因を分析すると
(以前、動物虐待事案に対応できる、弁護士と獣医師が連携する仕組みができれば――という話をしました。今回は、動物の問題解決に向けた、主に自治体内部における連携についてご紹介します。)
かなり以前から、犬や猫などの多頭飼育崩壊、虐待(ネグレクト)事案が全国各地で発生し、近年では積極的に報道などで取り上げられ、社会問題となっています。
こうした事件が報道されると、不衛生で劣悪な飼育環境下で動物を放置し続けるなんてとんでもない、そんな無責任な飼い主は厳重に処罰するべき、ということだけが強調されてきたように思います。
もちろん、被害にあった動物の立場を代弁するならば、当然のことです。
一方、実際問題として、どんな人たちが犬猫の多頭飼育に陥りがちなのか、多頭飼育に至った原因を分析すると、高齢・認知症などの病気、障がい・貧困などの理由により地域社会から孤立している人が少なからずいます。
◆犬や猫の多頭飼育崩壊が全国で起きている
こうした人たちに対し、多頭飼育崩壊となる手前の段階で一定の介入を行い、適切な支援を行うことで、飼い主の生活環境・動物の飼育環境がともに改善し、多頭飼育崩壊に至らずに解決することが可能となります。
飼い主を救うことは、結果として動物を救うことになるのです。
◆部署が連携して多頭飼育問題にどう取り組むか
自治体において、動物部局は人に対する支援を行うものではなく、一方で人の福祉部局は動物のことを考える部署ではありません。
各部署はそれぞれの観点で業務を行い、お互いの部署がどのような情報を持っているかも把握していないことが通常です。
双方の部署で普段から情報を共有し、いざというときには協働して事案にあたればよりよく解決できる可能性があるのに、必ずしもそれができていませんでした。
◆飼い主を救うことは、結果的に犬や猫を救うことになる
こうした問題意識は、少し前からいろんな場面で言われており、先進的な自治体においては、「動物の部署と人の福祉を担当する部署が連携して、多頭飼育問題にどう取り組むか」について、協議や実践がされていました。
また、2018年度には環境省内に検討会が設置され、精神科医、獣医師を含めた専門家による検討が重ねられ、今年3月に「人、動物、地域に向き合う多頭飼育対策ガイドライン~社会福祉と動物愛護管理の多機関連携に向けて~」が完成し、公表されました。
全部で128ページとかなりボリュームのある冊子ですが、基本的には自治体関係者や関係機関に向けて作成されているものです。
現在進行中または今後多頭飼育問題が発生したときには、複数部署や関係機関と連携して取り組んだ経験の乏しい自治体の対応指針として、参考にされることが期待されます。
このガイドラインでは、多頭飼育問題対策の観点として、
①飼い主の生活支援
②動物の飼育状況の改善
③周辺の生活環境の改善
の3点を挙げています。
動物保護団体や関係者にとっては、②の視点が最も大事ではありますが、動物も人間社会の中で共生している以上、③の視点や、無責任ともいいうる飼い主をフォローする①の視点も、忘れてはならない大事なポイントといえます。
◆社会的弱者の支援に取り組んできた弁護士会
ところで、このガイドラインの中に、医療機関や警察署などと一緒に、法律事務所・弁護士もひとつの関係主体として紹介されています。
典型的な支援としては、経済的貧困の飼い主の相談を受けて、生活保護申請のフォローや自己破産を申し立てることや、認知症の飼い主について成年後見申立て等の手続を行うことがあげられます。
弁護士や弁護士会として、動物問題に取り組んでいるところはごく少数ですが、高齢者・障がい者や、貧困者の支援については、社会的弱者を支援し救済する観点から、比較的古くから取り組んできた経緯があり、関係機関と連携したり、一定のノウハウも有しています。
その点で、動物の多頭飼育問題へのアプローチは、弁護士会としても、比較的なじみやすいのではないかと考えています。
◆複数の機関が連携した支援へ
もちろん、現状の問題を理解せず悪びれない飼い主や、動物が生まれては次々と亡くなっているような悪質なネグレクト事案については、刑事告発も辞さない対応が求められることは、いうまでもありません。
飼い主に対し、厳しい処罰か各種の支援か、二者択一というものでもなく、過去の行為については刑事責任を含めた処罰の対象として責任を取らせた上で、将来的な生活の立て直しに向けて各種の適切な支援を行う、という対応があってもよいと思います。
◆動物の緊急一時保護制度の検討を
なお、自治体の部署間や、それ以外の関係機関と連携を進めても、解決困難な問題があります。
例えば、所有権を頑なに主張して動物を手放さず、不妊去勢手術にも同意しない、という飼い主がいた場合、動物虐待罪が成立するようなひどい事案で警察が証拠物として動物を押収する場合以外は、自治体は強制的に動物を保護できないのが現状です。
この点、児童虐待については、児童相談所の裁量判断で子どもを親から保護する制度が導入されており、こうした既存の仕組みなどを参考に、虐待され、またはそのおそれがある動物についての緊急一時保護制度を真剣に検討する時機にきているといえるでしょう。
これについては、機会をあらためて詳しく述べたいと思います。
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2001年弁護士登録(兵庫県弁護士会)。民事・家事事件全般を取り扱いながら、ペットに関する事件や動物虐待事件を手がける。動物愛護管理法に関する講演やセミナー講師も多数。動物の法と政策研究会会長、ペット法学会会員。
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