日本初の「動物福祉賞」は消費の新潮流を生むか
2020年9月10日(木) 東洋経済ONLINE
採卵用の鶏をケージに閉じ込めるのではなく、「平飼い」で飼育する手法が海外では主流となりつつある(写真提供:Compassion in World Farming)
鶏賞、豚賞、牛賞、魚賞――。
なんともユニークな名称の表彰制度が今年4月に誕生した。
「アニマルウェルフェア・アワード」という、日本で初めてとなる「動物福祉」の賞だ。
初回の受賞企業は鶏賞3社、豚賞2社の計5社。
イオンやイケア・ジャパンといった有名企業から、一般には名前が知られていない徳島県の食肉企業まで、その顔ぶれは幅広い。
なぜ、このような賞が生まれたのか。
背景には、世界に大きく後れを取っている日本の家畜の飼育環境があった。
■イオンやイケアが選ばれた理由
第1回となるアニマルウェルフェアアワード2020では、アニマルウェルフェア(animal welfare、動物福祉あるいは家畜福祉)を広めるうえでの協力的な対応や、社会をリードする姿勢も含め、日本の畜産動物を守る活動を行う動物保護団体の視点で、できるだけ大きなインパクトを与えたと考えられる取り組みを評価した。
例えば、鶏賞に選ばれたイオンの受賞理由は「平飼い卵の販売を開始」したことだ。
鶏は、肉用のブロイラーと採卵用の採卵鶏(レイヤー)で品種が異なる。
採卵鶏は狭いところで多数飼える、糞尿の処理が簡単、採卵がしやすいなどの理由から、小さい檻(ケージ)に鶏を入れる「ケージ飼い」が主流だ。
しかし近年は、採卵鶏を苦しめるケージ飼育をやめ、平飼いに切り替えるケージフリーの流れが求められてきている。
イオンはこうした流れを先取りし、今年からプライベートブランドのケージフリー(平飼い)卵の販売を開始。
また、今年中に販売店舗を増やし、2022年までに全国に展開していくことを約束している。
同じく鶏賞を受賞した徳島県の食肉企業、貞光食糧工業は「ガスで鶏の意識を失わせる方法を採用」したことが評価された。
日本では、意識のあるまま首を切る食鳥処理場が多いが、この方法は多くの国が禁止している。
現在、鶏の屠畜方法として、ガススタニング(ガスによる気絶処理)が最善策の1つであり、世界中が移行していっている。
同社はこの方式をいち早く導入し、かつ、この方式を広めたいとする動物保護団体に対し、その知見を共有したことが評価された。
一方、豚賞に選ばれたイケア・ジャパンの受賞理由は「植物性たんぱく質を使った手頃な価格の商品」を開発・提供したことだ。
同社は家具量販店として知られているが、店舗にはレストランとカフェが併設されている。
2019年に多くの植物性たんぱく質を使った、安価な商品「ベジドッグ」(税込み100円)を開発。
この商品は環境に優しく、豚の苦しみを明確に減少させる商品であり、さらに多くの人に手に取りやすい価格設定であるという点が評価された。
■ ボイコットからバイコットへ
アニマルウェルフェア・アワードを設定したのは、アニマルライツセンターという名のNPO法人。
文字どおり、動物を地球上に人間とともに生きる命として、その生きる権利を認める活動、すなわち、人間による食肉・毛皮・動物実験などの動物利用の禁止を求めている団体だ。
しかし現状では、理想の実現はかなりハードルが高いといわざるをえない。
そこで同センターが現在力を入れているのが、アニマルウェルフェアの推進である。
これは、人間による動物の利用は認めながらも、命の尊厳に配慮し、せめて生きている間は動物らしく生きることができ、苦しまないように食肉処理することを求める考えだ。
同センターはかなり活動的であり、その活動を食肉企業などからは無視されたり、対話すら成立しない場合もあった。
そもそも、日本の家畜の飼育環境は世界的にみても劣悪だとされている。
世界14カ国に拠点を持ち、国際的な動物保護活動を行う世界動物保護協会(WAP)が発表した、2020年版の動物保護指数(API)レポートによると、対象となった50カ国中、日本は中国やロシアなどと並んで、最低ランクに位置づけられた。
なぜ、日本ではアニマルウェルフェアが遅れているのか。
アニマルライツセンターの岡田千尋代表理事は、日本の畜産物の国内消費量が国内生産量を上回る中で、輸出量がわずかであるために、海外の動向に疎くなり、畜産業がガラパゴス化したためだ、と指摘する。
一方で近年、消費者の意識も高まり、購入する商品の品質や価格だけでなく、商品の生産過程での環境、人権や動物などへの配慮といった「企業の社会責任」を問う消費者が増えてきた。
いわゆる「エシカル消費(倫理的消費)」が主張される中で、企業はマーケティングの面でもそうした声に耳を傾けるようになったわけだ。
こうした中で、このアワードはアニマルウェルフェアを理解し、それに積極的に取り組む企業を評価し、消費者にその企業の商品購入を進める運動でもある。
これは従来のボイコット(boycott)運動から、エシカル消費の形態であるバイコット(造語。buycott)運動への変化と位置づけられる。
そもそも肉食はSDGs(持続可能な開発目標)の観点からも問題であることが指摘されている。
例えば、鶏肉1kgを作るために穀物が3kg、豚肉1kg作るために7kg、牛肉に至っては1kgを作るために11kgが必要とされている。
「肉食は持続可能性のない食材」という認識が高まっているのだ。
また、発展途上国には肉どころか穀物さえ満足に摂取できない子どもが大勢いる中で、先進国では穀物を家畜に与えて肉や卵、牛乳を得ていることが貧困問題を深化させているとの指摘がある。
畜産物は 「大量生産大量消費」から「よいものを少量へ」と切り替えていく必要性がありそうだ。
バイコットは食分野でのエシカル消費を促す手段としても注目されるに違いない。
細川 幸一 :日本女子大学教授