悪徳ブリーダーによる残酷な繁殖の現実…
国の新指針、犬の生涯出産上限6回は適正か?
2020年9月8日(火) 石井万寿美 | まねき猫ホスピタル院長 獣医師
コロナ禍で自宅にいる時間が長くなりました。
そんなとき、ぬくもりがほしくてペットを求めている人が増えています。
にわかペットブームが到来。ペットショップに並んでいる子犬は、かわいいですね。
ですが、その子犬を産んだ母犬は、ひょっとしたら残酷なパピーミル(パピーは子犬で、ミルは工場。つまり子犬繁殖工場の意味)にいるかもしれません。
過去、明らかになった様々な事例を踏まえて、環境省は、一部業者による劣悪な飼育を防ぐため、来年6月施行の改正省令に「雌犬の生涯出産回数の上限を6回まで」と、盛り込みます。
これは、どのような背景が潜んでいるのか、そして、今後どうあるべきかを考えてみましょう。
(写真:GYRO PHOTOGRAPHY/アフロイメージマート)
環境省は8月31日、犬の繁殖業者に対して、雌犬の生涯出産回数の上限を「6回まで」とする方針を示した。
繰り返し交配、出産させて酷使する悪質な業者を改善、排除するためで、規制のための省令を来年6月に施行する。
出典:犬の出産「6回まで」 悪質な繁殖業者による酷使規制へ
簡単にまとめると、環境省によって、繁殖業者の雌犬は、「6歳まで」しか交配してはならないと年齢制限を新たに設けることが決まっていました。
今回、それに加えて一生涯の出産は「6回まで」と回数制限が追加されました。
これは、厳しい基準なのでしょうか?
まずは、悪徳ブリーダーとは、どんなところかを見ていきましょう。
◆悪徳ブリーダーとは?
ペットショップに並んでいる子犬を購入する多くの人たちは、その裏に、子犬を産むためだけの雌犬がいることをあまり知りません。
いまの時代、SNSでは、かわいい犬の動画や写真で溢れています。
しかし、光が当たらないところに、産むことのためだけに生きている雌犬がいるのです。
そして、当然、過酷な運命を強いられています。
◆悪徳ブリーダーの繁殖用雌犬の環境
撮影筆者 『DACHSHUND』より
それでは、繁殖用に飼われている雌犬の環境を見ていきましょう。
・金属の狭いケージの中に雌犬はいます。
・犬たちの足元は、金網になっています。
それは、簡単にウンチやオシッコの掃除ができるために、下に敷かれているトレーに落ちます。
金網になってないと、犬が汚れるからです。悪徳ブリーダーは、多くの犬を飼っているので、ウンチやオシッコをしたから、といって、すぐに処置するのではないのです。
・雌犬は、ずっと金網のところにいるので、肉球が硬くなりますが、散歩にほとんど行かないので、爪が異常に伸びています。
・発情の度に、体調などを考慮されることなく交配をさせられます。
・年に2回、子犬を出産させられています。
・8歳ぐらいまで、体がボロボロになるまで(産めるまで)、産み続けます。
・交配しなくなったら、病気で早く亡くなるケースが多いです。
・家庭で飼われているような犬らしい生活が送れる子は、ほとんどいません。
・フィラリア症(※)の予防をしていなく、フィラリアにかかっている子もいます。
※フィラリア症とは、蚊が媒介してフィラリアが、心臓や肺動脈に寄生する病気で、命にかかりわります。
ただ、フィラリア症の予防薬を飲んでいると、防げる病気です。
などです。
上記のような劣悪な状況を改善するために、環境省は来年から、年齢と生涯出産回数の制限を設けたのです。
それでは、犬の繁殖の生理を見てみましょう。
◆犬の繁殖学
犬の繁殖学はどのようになっているでしょうか?
撮影筆者 『THE WORLD ENCYCLOPEDIA OF DOGS』より
・初めての雌犬の発情
生後、6カ月ぐらいから発情します。
・発情周期
半年に1回ぐらいあります。
たとえば、2月にあれば次は8月に、3月にあれば9月に発情があります。雌猫のように日照時間や気温には左右されません。
・妊娠期間
六十数日間です。
つまり、2カ月少しです。3月に交配したら、5月ぐらいに出産します。
◆雌犬は「6歳まで」で「一生涯に6回」ってどうなの?
筆者個人的な考えでは、一生涯に4回ぐらいの出産数上限にした方がいいと思っています。
優良なブリーダーの場合、子犬を産ませるのは3歳程度まで、そのため生涯出産が3回程度で、その後の寿命までの約10年間は、犬らしく暮らしてもらうそうです。
ではなぜ、6回は多いのか、業者が6回の制限を守ると仮定して、以下の理由です。
・初めての発情が生後6カ月ぐらいに来ますが、そのとき出産すると体が未熟なために、子犬の数は少ないです。
・上記の理由から、一般的な繁殖は、2回目の発情以降に交配をさせて出産させます。つまり、生後1年2カ月ぐらいが初産です。
・それ以降から、5回産むことになるので、毎年、6歳になるまで、年に1回か2回、出産になるのです。
これだと、毎年、出産になるので、雌犬の体に負担がかかりますね。
ただ、それでも現状より、かなりいい状態なので、このような数値化した法令化になるのでしょう。
◆来年6月に施行される省令の問題点は?
悪徳ブリーダーに規制をかけることが可能ですので、一定の評価をすべき改正だと言えるでしょう。
しかし、まだまだ懸念点や疑問点は挙げられます。
・どうやって、雌犬が6回しか出産していないとわかるのか?
回数をどうやって管理するつもりなのかが具体的に明示されていません。
血統書なのでしょうか。
母犬の外見からではわかりにくいですね。
業者がごまかせないようなルールが必要になるはずです。
ここは今後の課題になるでしょう。
・ブリーダーに飼われている雌犬は、6歳過ぎたら、どうなるのか?
新しい里親のところに行けるのでしょうか。
悪徳ブリーダーのところで、より劣悪な環境で生き続けることにならないのか? と言う懸念が生じます。
もしくは、6歳過ぎたら安楽死を強いられるのではないか? と言う不安すらあります。
規制の先に、悪徳業者がどう言う行動をとるかを先回りして想像し、手を打っていくことが必要になるでしょう。
2014年に、栃木県の河川敷で犬の死体が大量に見つかった事件がありました。
悪質なペット業者が、犬を遺棄したのです。
動物愛護法が改正され、行政は業者からの動物引き取りを拒めるようになりました。
繁殖に使えなくなった雌犬が闇から闇へ葬られることはないように、切に願います。
また、以前、「自然界には存在しない12月~2月生まれの猫 発情期を悪用するブリーダー」という記事を書きましたが、犬だけでなく、猫を食い物にする悪徳ブリーダーも当然います。
犬猫とも雌の交配は「6歳まで」と上限年齢だけを規制しました。
ただ、猫については年齢による規制だけで、生涯出産回数は決められていません。
猫の悪徳ブリーダーは、1年に3回出産させているのも珍しくないのが、現状です。今後、猫の生涯出産回数を規制も求められます。
◆まとめ
動物好きの人が見れば、子犬は「かわいい」存在です。
もちろん、子猫もそうですね。
しかし、その裏で「産む」ためだけに、生きている雌犬や雌猫が存在することに目を向けてもらいたいです。
その状況が目を背けたくなるような現実なので、このように犬に関しては生涯出産を6回までと、決められました。
もちろん、ペットショップに並んでいる子犬や子猫が、全てこのような悪徳業界の子たちというわけではありませんが、犬や猫など、ペットを求める飼い主の意識が変化すると、このような生体販売ビジネスが見直されて、アニマルウェルフェア(動物の福祉)は向上するようになるのでしょう。
石井万寿美まねき猫ホスピタル院長 獣医師
大阪市生まれ。まねき猫ホスピタル院長、獣医師・作家。酪農学園大学大学院獣医研究科修了。大阪府守口市で開業。専門は栄養療法をしながらがんの治療。その一方、新聞、雑誌で作家として活動。「動物のお医師さんになりたい(コスモヒルズ)」シリーズ「ますみ先生のにゃるほどジャーナル 動物のお医者さんの365日(青土社)」など著書多数。シニア犬と暮らす。
manma14956711
masumi0514
official site https://manekinekohospital.com/
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