91歳女性、猫3匹と一緒に共生型老人ホームで暮らすしあわせ
2020年4月12日(日) sippo(朝日新聞)
大阪城公園からほど近い玉造に、動物の夜間救急センターと高度二次診療センター、動物看護専門学校、大阪市獣医師会事務局などが集まった『N KSQUARE』がある。
その一角を占める『ペピイ・ハッピープレイス TAMATSUKURI 』というペット共生型有料老人ホームで猫たちと暮らすある元気なお年寄りを訪ねた。
梨江さんと『猫のロンパールーム』のポスカ(5ヶ月♀)
◆愛猫とともに施設へ
3匹の猫たちと暮らす苅田梨江さんは91歳。
「子どもの頃からいつもたくさんの猫と一緒だったから、歴代の猫がごっちゃになってしまうことがあるんですよ」と笑うが、現在一緒に暮らしている猫との出会いについてうかがうと、よどみなくすらすらと答えてくれた。
最年長のトコ(本名・瞳子♀)は、シャム系の16歳。生後3ヶ月くらいの時に自宅ガレージにやってきた。
「家の中に入りたそうにしているのに、人影を見ると逃げてしまう。5日くらいそんな状態が続いたので、面格子のあるトイレの窓を開けて、外から子猫が入れるように足場を作っておいたんです。この作戦がうまくいって家の中に入ってきて先住猫と仲良くなり、だんだん人間にもなれてウチの猫になりました」
トコが飼い猫になった翌年のある日、表からの叫び声を耳にして梨江さんは家を飛び出した。
「あたりを見渡すと黒っぽい子猫が道に横たわっていました。片手に乗るくらい小さくて、ぐったりして動けないのに拾い上げようとすると大きな口を開けてフーフー威嚇しました。それがこのミヨ(15歳♀)です」とキジトラの小柄な猫をなでる。
その後、苅田家に加わったハナ(12歳♀)は、隣人から猫の声がすると相談された梨江さんが探しまわって見つけた白サバの猫だ。
「夫はオーケストラのチェリストでしたが、動物を生きがいのように感じている人でした。犬を引き取ってきたことも何度かありましたし、私が困っている猫を家に連れて帰っても歓迎してくれました」と懐かしそうに話す。
「夫が一昨年亡くなって、これからどうしようと考えた時、3匹の猫たちは家族ですから別れて暮らすことはできないと思いました」と梨江さん。
そんな時に偶然見つけたのが、現在猫たちと暮らしているペット共生型有料老人ホームだ。
「自分が先に亡くなっても残された猫たちの面倒を施設が見てくれるという契約があるとわかって入居しました。私は91歳、ウチの猫で一番年上なのはトコで16歳だから人間で言えば80歳くらい。猫は1年で4歳分の年をとると言われていますから、あと何年かしたらトコは私より年上になっちゃう。ふざけて『私が先かあんたたちが先か』と猫に話すこともあります。それも安心感があるから言えることですね」と笑う。
ロンパールームの猫たちと戯れるロンパールーム担当の動物看護師・椿野里佳さんと梨江さん
◆ペットと暮らせる老人ホーム
この施設を企画立案して運営のアドバイスをしているのは、獣医師の細井戸大成先生。
アニマルセラピー活動や被災地の動物救護をサポートするボランティア活動に長く携わってきて、海外の施設も数多く視察してきた。
「超高齢化社会に向かう日本にはペットと共に入居できる高齢者施設が必要です。ペット文化や動物観が異なる欧米とは違った日本に合ったペット共生型の高齢者施設を創り出そうと、ペット関連商品の通信販売事業や動物看護師養成校を運営するペピイが、大阪市獣医師会の獣医師や動物看護師に加え、東成区医師会の医師や看護師、介護関係者、建築関係者らと協議を重ね、2年かかってこの施設ができました」
専門家が知恵を集めただけあって、この施設の設計やサービスは動物と暮らすシニアが安心できるよう、細部まで配慮されている。
たとえば、ここの居室は玄関ドアを入ると水回りがあり、そことリビングの間にも鍵がかかるドアがある。
旅行や入院などの際には、水回りとリビングの間の鍵もしめておく。
猫たちは猫用ドアで水回りとリビングを行き来できるので、施設のスタッフは預かった玄関の鍵で水回りに入り、トイレやフードなど猫の世話をすることができる。
リビングへのドアには別の鍵がかかっているのでスタッフがリビングに入ることはなく、居住者のプライバシーが守られるし、猫も普段通りの生活を続けることができるのだ。
また、シニアにとってペットの通院は負担が大きい。
この施設には1階に動物診察室があるので、エレベーターを降りるだけで待ち時間もなく診察を受けられる。
梨江さんも「ウチの猫たちはみんな高齢で腎臓の状態が悪く、トコは定期的な輸液を受けています。ミヨは足に障害があって、ハナも子宮蓄膿症手術の経験があるので、気軽に連れて行けるのは助かります」と話す。
近所で開業する獣医師の辻本義和先生がトコを診察。辻本先生は定期的に施設の動物診察室で診察をしている
◆最期まで猫と幸せに
大阪市獣医師会では、他にもシニアと猫に関する取り組みをはじめている。
子猫リレー事業は、母猫のいない子猫を生後約6ヶ月まで大阪市獣医師会に所属する有志の動物病院が育ててワクチン接種や不妊手術を行い、最終的な里親に託すというもの。
そこで、離乳までは動物病院で育て、生後2ヶ月~3ヶ月で離乳した猫をシニアに託して生後6ヶ月くらいまで飼育してもらい、子猫が家庭での暮らしになれてから最終的な里親を探すという試みも何度か行ってきた。
これは「最後まで世話ができるかわからないから猫との暮らしをあきらめる」と寂しそうに打ち明けたシニアの方の声を受けて行ったもの。
今後は6ヶ月のかわいい盛りになった子猫を手放した後の寂しさを解消するための仕組みをしっかり作り、参加へのハードルを下げることを考えているらしい。
『ペピイ・ハッピープレイスTA M AT S U K U R I 』1 階には愛猫や愛犬を連れて誰もが利用できるカフェがあり、子猫リレー事業で里親を待つ猫と触れ合える『猫のロンパールーム』が併設されている。
後者は里親希望の人だけでなく、一般の人も気軽に猫とふれ合え、好奇心旺盛で物おじしない月齢の猫たちが利用者を和ませている。
「猫と暮らす高齢者世帯で起こりうる問題をより早く解決するために、大阪市東成区では、東成区医師会、地域包括支援センター、大阪市獣医師会などが連携し、医師、看護師、介護士、獣医師、動物看護師などの協力体制づくりの必要性が検討されはじめました。高齢者が安心して猫と暮らせることは人の健康寿命を延ばすことに役立ちますし、飼育経験豊かな高齢者とゆったりと暮らすことができれば猫の幸せにも繋がります」と細井戸先生。
たくさんの人が協力するこうした取り組みによって、猫と人が終生、幸せに暮らせる社会がすでに実現しはじめているのだ。
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