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何者かが盲導犬を刺す

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何者かが盲導犬を刺す 被害男性「これは自分の“傷”」

2014.08.25 15:52 THE PAGE



[写真]被害に遭ったアイメイト『オスカー』

盲導犬は、視覚に障害を持つ人の目となり、共に歩むパートナーだ。
日本で育成された最初の盲導犬『チャンピイ』が誕生したのは、1957年の夏のこと。
以来、活躍の場を広げ、全国の実働数は今や1000頭を超えたとされている。
しかし、国産盲導犬第1号が歩み始めてから57年経った今も、世間一般の理解は十分とは言えない状況だ。
歩行中の嫌がらせ行為や育成団体へのストーカー的な苦情電話が後を絶たない。
一部の使用者や育成団体関係者の口からは、「近年、逆に誤解や色眼鏡で視覚障害者と盲導犬を見る人が増えている」という言葉も出るほどだ。
この夏、それを裏付けるような事件があった。

「見えない」「抵抗しない」につけ込む

[写真]被害男性と街を歩くオスカー

オスカーは、「盲人を導く」盲導犬ではなく、目の役割を果たす対等なパートナー=アイメイトだ。
まず、事件の概要から追ってみよう。
被害に遭ったのは、埼玉県の全盲の男性(61)とアイメイトの『オスカー』だ。
国産盲導犬第1号『チャンピイ』を送り出した育成団体、「(公財)アイメイト協会」出身の盲導犬は、「アイメイト」と呼ばれる(=その理由は後述)。
オスカーは、間もなく9歳を迎えるラブラドール・レトリーバーのオスだ。
7月28日、男性とオスカーはいつものように午前11時ごろに自宅を出て、JR浦和駅から電車に乗り、県内の職場へ向かった。
いつものように職場の店舗に到着すると、店長が飛んできて「それ、血じゃないの!?」と声を上げた。
オスカーはいつも、他の多くのアイメイトと同様、抜け毛を散らさないようにTシャツタイプの服を着ている。その服の後端、お尻の上のあたりが真っ赤に染まっていたのだ。
服をめくると、腰のあたりから流血していた。

[写真]事件当日の傷口=佐藤徳寿さん提供

傷口を消毒し、応急処置を施して動物病院に連れて行った。
直径5ミリほどの刺し傷が500円玉大の円の中の4か所あった。
大型犬の皮膚はかなり厚く、獣医師の見立てではサバイバルナイフのようなものを強く何度も突き立てなければできない傷だという。
あるいは、鋭いフォークのようなもので刺したか。服に傷がなかったことから、何かに引っ掛けた“事故”ではなく、何者かがわざわざ服をめくってつけた傷であることは明白だった(同日届け出た警察も事件性を認めている)。
被害男性は「聴覚にはまだまだ自信があるが、まったく気づかなかった」と言う。
犬は比較的痛みに強い動物だ。
加えて、アイメイトとして訓練を受けてきたオスカーは、人に対する攻撃性を持たない。
全てのアイメイト/盲導犬がそうだということではないが、吠えることはおろか声を上げることもめったにないという。

アイメイトと男性は一心同体
幸い、オスカーの傷そのものは手術等を要するような重いものではなかった。
しかし、男性とオスカーの心の傷の深さは計り知れない。
「屈辱です。『自分で自分の体を刺してみろ』と言いたい。同じ赤い血が出るだろうと。まして、無防備で抵抗できない犬を狙うなんて・・・」。
今も思い出すたびに悔し涙が出る。
「アイメイト」は、『チャンピイ』を育てた故・塩屋賢一氏がつけた「盲導犬」に代わる呼称だ。
「盲導犬」という言葉からは、「賢い犬が道を覚えて盲人を誘導している」という印象を受けやすい。
しかし、実際の歩行は、人が頭の中に地図を描き、犬に「ストレート」「ライト」「レフト」などと指示を出しながら歩く。
犬は交差点ごとに止まったり、車の飛び出しに反応したり、道路上の障害物などを避ける。
こうした「共同作業」である歩行の実際を理解していれば、「盲人を導く犬」という呼称は誤りだという事に気づく。
そこで考えだされたのがアイ=EYE(目)=愛、メイト=仲間を意味する「アイメイト」という呼称だ。
アイメイトは「私の目となる対等なパートナー」であり、オスカーと男性は一心同体だ。
だから、オスカーの痛みと屈辱は自分のものでもある。
男性の口から「自分で自分の体を刺してみろ」という魂の叫びが出た背景には、こうした事実がある。

警察は「器物損壊」容疑で捜査中
男性は当日、地元警察署に被害届を出している。
同署は、傷の状況から事件性ありと判断。
駅の防犯カメラ等を調べ、当日の経路で聞き込みをしたが、今のところ有力な手がかりはないという。
警察の見立てでは、聞き込みの結果などから電車内での犯行が有力だという。
一方、男性と職場の仲間は、オスカーのお尻が最も無防備な形で後ろに立つ人の前に来る浦和駅のエスカレーター上が怪しいと踏んでいる。
いずれにせよ、実際に犯人を割り出すのは極めて難しい状況だ。
そして、万が一犯人を罪に問うことができても、動物の場合は傷害罪ではなく器物損壊罪にしかならない。当日、男性から連絡を受けて警察にも同行した動物愛護団体役員の佐藤徳寿さんは、こう語る。
「どこに怒りをぶつけていいのか、本当に悔しいです。刑法上は『物』かもしれないが、盲導犬はペットとは違い、ユーザーさんの体の一部です。早急に法を変えて傷害罪と同等の罪に問えるようにしてほしい」。
一連の経緯を聞いた職場の同僚の家族は、「もう我慢できない」と、全国紙の読者投稿欄に今回の経緯を寄稿した。
これを読んだNPO「神奈川県視覚障害者福祉協会」は、犯人への厳正な処罰と再発防止を求める声明をHPに発表した。

 

一般社会の理解は「まだまだ」

アイメイト/盲導犬は、刑法上は「物」扱いだが、2002年に成立した「身体障害者補助犬法」では、ペットとは一線を画した権利を与えられている。
同法は、公共施設やレストランなどの店舗、公共交通機関が盲導犬を伴っての入場を断ってはならないと定めた法律だ。
誤解されがちだが、補助犬(盲導犬、聴導犬、介助犬)は「特別扱いされている犬」ではない。
障害者の「体の一部」として、施設利用などの面ではパートナーと同等の権利を認められているのだ。
にも関わらず、今回のような事件・事例は後を立たない。
例えば、今回の被害男性が直接知る女性ユーザーの盲導犬は、気付かないうちに額にマジックで落書きされ、女性は深い心の傷を負った。
タバコの火を押し付けられたという話は「珍しくない」と、使用者や関係者は口を揃える。
被害男性自身も「しっぽを踏まれる、わざと蹴られるのは日常茶飯事」と訴える。
かつて白杖で歩いていた時には、若者のグループに腕を捕まれ、ツバを吐きかけられたこともあったという。
アイメイト協会は1957年以来、1200組余の使用者・アイメイトのペアを輩出しており、他の9の育成団体と合わせた全国の盲導犬の実働数は、現在1000頭余と言われている。
初期のアイメイト使用者は、電車やバスに乗せてもらえるように個別に運行会社に掛けあったり、行政や国会議員への働きかけを積極的に行ったりしていた。
21世紀になって「身体障害者補助犬法」が成立するに至り、長年の積み重ねが花開いたかのように見えるが、実態はそうでもないらしい。
アイメイト協会の塩屋隆男理事長は、入店拒否は今も日常的にあると語る。
例えば、神奈川県のアイメイト使用者の男性(69)は、「今年になってレストラン・旅館で4回も入店を拒否された。ちょっと多いですね」と話す。
また、近年特に目立つのは、逆のベクトルでアイメイトの存在そのものを“虐待”だと受け止め、執拗に協会に抗議してくる市民の存在だ。
多くは「犬を暑い中無理やり歩かせている」「きつく叱っていた」といった使用者や協会スタッフに向けた非難だという。
「事実と正しい理解に基づいた批判ならば真摯に受け止めなくてはなりません。
しかし、ほとんどは犬を安易に擬人化した、言いがかりのようなものです」と、塩屋理事長はため息をつく。
彼らは「盲人を導く」スーパードッグではない。
あるいは、刑法上は「物」だからと言って、何をしてもいいということでもない。
少なくとも、人の目となる対等なパートナー=「アイメイト」だということは、公にも認められている。
先の今年4回入店拒否に遭ったという使用者は、次のように訴える。
「アイメイトを傷つけたりむやみに拒否することは、単に動物愛護の問題ではありません。人権侵害です」。
(内村コースケ/フォトジャーナリスト)

オスカーは手当てを受けて回復、現在は元気に生活しています。


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