不用な猫を入れる檻を役場から撤去
住民の意識変化、「小さな命を大切にする村」目指す
2020年1月13日(月) sippo(朝日新聞)
南信州の美しい村に移住した女性は、ある日、信じられない光景を目にした。
役場の資材置き場に、住民から持ち込まれた「不用猫」が入っている檻があったのだ。
まるで、猫のゴミ捨て場のように。こんなことがあっていいはずがない! 女性は立ち上がった。
二川舞香さん(38歳)は、東京都渋谷区で父が所有する小劇場を拠点に、宮沢賢治やアイヌ神謡などの朗読劇やひとり芝居を続けてきた。
だが、3・11の東日本大震災後、劇場のあるビルの耐震強度が基準に満たず、取り壊しが決まったため、新しい拠点を探し始めた。
姉夫婦が移住してパン屋を開いている、長野県下伊那郡阿智(あち)村に何度も遊びに行くうち、「日本で一番星空の美しい村」として知られるこの村の素朴さが気に入り、自分も移住を決意。
地域おこし協力隊として移り住んだのは、4年前のことだ。
生まれついての動物好きで、捨て猫9匹を保護している。
今は村営住宅暮らしのため、実家に預けているが、一緒に暮らせる日を待ち望んでいる。
雨の日も雪の日も、安心してぬくぬくと過ごす9匹。
うち1匹は東京で保護した猫だが、8匹は、阿智村役場に置かれた「不用猫」回収檻に捨てられた命だった。
中谷さんが駆けつけた夜の檻(写真提供舞香さん)
檻の中で、あきらめた目をした子猫
それは、移住した翌年のある日のこと。
舞香さんは役場の駐車場の隅にある資材置き場に何気なく目をやった。
そこに昔ながらの害獣駆除用の大きな鉄製の捕獲檻が置かれていることに気づいた。
中には衰弱した子猫2匹と、ガリガリの成猫1匹が入っていた。
「子猫たちは、汚れきって、すべてをあきらめたような目をしていました。どんな状態で持ち込まれたのか、入れられて何日たったのか、お尻に空いた穴からウジムシがわいていて……」
聞けば、手続きなどなしに、村民たちは「不用猫」を持ち込んで、この檻に入れているという。
その猫たちを、役場職員が時間のあるときに近隣の飯田市にある保健所まで運ぶ。
そこで引き出し手がない限り、殺処分となる。
保健所まで運べない高齢の飼い主などの便宜を考えて村が代行するのだという。
言ってみれば、嫌々ながらの住民サービスが、昔からの慣習として続いていたのだった。
この村だけが特異というわけではなく、保護施設がなく「不用猫」の引き取りや「定点回収」をしている町や村は、今も全国にある。
回収檻に入っていた時のぴりか。今は、舞香さんの猫に(写真提供舞香さん)
行き場のない猫は「全部引き取る」
「要らない猫を村が回収? なんてことを!」
脳天に一撃を食らったようなショックを受けた舞香さんは、泣きながら、中谷百里さんに電話を掛けた。
中谷さんは、NPO法人「犬猫みなしご救援隊」代表で、広島の本拠のほか、栃木にも活動拠点を持っている。
東日本大震災で取り残された被災動物たちの救出活動を書いた中谷さんの著書を読んで感激した舞香さんが、脚本を書いて舞台化した『置き去りにされた命』は、2013年から各地の学校や公民館などで上演が続いている。
3匹をシェルターに引き取るために、中谷さんは広島からその夜、飛んできた。
今後、回収檻に入れられて行き場のない猫すべてをシェルターで引きとることを約束してくれた。
そして、こんなやり方はなくしてほしいと役場に強力に働きかけるように舞香さんにもはっぱをかけた。
その後、役場では、猫が持ち込まれるとすぐ、舞香さんに連絡をくれるようになった。
それから、何度、中谷さんは、阿智村まで飛んできてくれたことだろう。
舞香さんも何度、栃木まで猫を連れて行ったことだろう。
役場の人と話し合ってみると、「こんなやり方はひどい」と思っていた人は少なくなかった。
だが、「やめたら、捨て猫が増えるだけ」という懸念もあり、慣習を止めようという声をあげにくかったのだという。
村の男性に保護されたトラくん3歳
「猫には手術・捨て猫は犯罪」 村に意識浸透
持ち込む人に思いとどまるよう、役場から粘り強い説得がされるようになった。
やがて、檻は撤収された。
現在は、飯田保健所でも、不用犬猫の受け取りはしていない。
だが、檻が撤収されただけでは、解決にはならない。
舞香さんは、村役場の人たちと力を合わせ、「猫の適正な飼い方」の勉強会を開いたり、「捨て猫は犯罪」のポスターを町中に貼ったりした。
村人たちとの何気ない会話の中でも「今はね、どこでも、猫は手術をして家の中で最後まで面倒を見るものなんですよ~」「棄てるのは、今は犯罪ですからね~」といったことを伝え続けた。
2018年に続き19年春も、阿智村後援のもと、犬猫みなしご救援隊の医療チームによる全村一斉の避妊去勢手術が実施された。
18年は、58匹。19年は64匹の手術を施すことができた。
当日捕まらず、未手術の猫もまだまだいるため、今後も一斉手術をしていく予定だ。
回収檻がなくなったことで、役場近くに猫を捨てていく人もまだいるにはいる。
それでも、「猫には手術を・猫の遺棄は犯罪・捨て猫は保護譲渡」が、村ぐるみの意識として根付き始めている。
幸せになった捨て猫「ふーちゃん」
しあわせをつかんだ村の猫たち
取材の日、舞香さんは、しあわせに暮らしている村猫を2匹、紹介してくれた。
1匹は、黄色の大猫トラくん。
一人暮らしの男性に大事にされて暮らしている。
子猫のとき、側溝の中で3日鳴き続けていて、放っておけず家に入れたのだという。
だが、開腹手術を控えていた男性は、いつ帰宅できるかもわからなかったので、いったんは保健所持ち込みを考えた。
いとしくてたまらないが、この先面倒を見きれないのでは、仕方がない……。
それを知った村役場の保健師山本昌江さんが、舞香さんに相談。
「預かるよ~」と、すぐ話が決まった。
「トラが待っていると思うと、絶対元気になって帰らなければと頑張れた」と、男性は言う。
高齢者やひとり暮らしの村民を飼い猫もろとも、みんなで連携して見守る体制作りも、できつつある。
保健師の山本さん自身、村役場に持ち込まれた捨て猫の「ふーちゃん」をもらい受けている。
夫の細山俊男さんは、大学の教壇に立つため週3回都心に通う社会学の先生だ。
「ある日、帰宅したら、子猫がいた」と笑う。
「もう猫にデレデレで、以前とは別人格」と妻に言われながらも、奔放なふーちゃんに目尻が下がりっぱなしの毎日だ。
阿智猫は、Iターンの阿智暮らしを何倍も楽しくしているようだ。
庭の雪景色を見る舞香さんの保護猫たち。左から、うぱし・ヤムニ・ゴロにゃん・ぴりか(写真提供舞香さん)
どんな命も重い
阿智村では、12月14日から3月8日まで、園原ビジターセンター「はゝき木館」で、「ネコ展 あちのニャン大集合」が催されている。
近隣の作家たちによる猫作品展示の他、地域に暮らす猫たちの調査や、適正飼育の大切さを写真やパネルで説明している。
企画したのは、役場の協働活動推進課の大石真紀子さんと若林暁子さん。
舞香さんにも声がかかり、準備委員会のメンバーを村民から募った。
母子でメンバーになってくれた村民もいて、和気あいあいで準備は進んだ。
この村は、今、舞香さんの生きていく新しい拠点となった。
宮沢賢治やアイヌの詩を題材にした一人芝居、被災動物たちの劇、戦争の犠牲となった同村の満蒙開拓の歴史を題材にした村民劇、猫の避妊去勢手術、適正飼育の啓発など、舞香さんが力を注いでいることの根っこは、みな同じだ。
「どんな命も軽んじられることのない世の中になってほしい」……舞香さんのエネルギーは、この願いから生まれている。
「命の重さに違いがあるという気持ちがある限り、差別のボーダーラインは、いくらでも変わります。犬なんか猫なんかにとどまらず、戦時には、人間同士でも『あんな国の人間なんか』と思ってしまう。小さな命を大事にする心を、未来を作る子どもたちの胸に育ませるためにも、受け継ぎ、語り継ぎ、人と人の心をつなげていきたい」
舞香さんの雪をも解かすようなあったかい笑顔を見て、思う。
阿智村が、「星空の美しい村」であるとともに、「猫と人がしあわせに暮らす村」として知られる日も、夢ではないかもしれない、と。