馬の虐待問題で揺れる宮古島に生まれた「小さな希望」
2019年1月20日(日) HARBOR BUSINESS
年末から年始に欠けて、衝撃的な馬の虐待写真で問題になった沖縄県の天然記念物・宮古馬。
『週刊SPA!』による報道がきっかけで、問題となっていた2名の飼育者からは自主返納となり、生き残った4頭の馬たちもどうにか救出された。
もっとも市が管理している3頭については受け入れ先が未定で、いまだ予断を許さない。
さらに気になるのは、他の飼育現場はどうなっているのだろうかということだ。
今回は、残りの5軒の飼育現場のレポートをお届けしたい。
荷川取牧場で授乳中の仔馬。人間との信頼関係も強く、よく慣れている
⇒【画像】救出されたシンゴは元気に過ごしている
◆問題となった2軒以外は、宮古馬をどのように飼っているのか
2軒が自主返納した現在、島内で宮古馬を飼育しているのは5軒となった。
そのなかで、荷川取牧場は島内で最多の頭数を飼育してきた(問題となったN牧場とは別の牧場)。
牧場主の荷川取明弘さんは馬が好きで、小さい時から馬との暮らしを夢見ていたという。
念願だった馬との日々が始まって15年。
他の飼育者が兼業で馬を飼っているのに対して、荷川取さんは他の仕事はせずに馬の飼育だけをしている。
引き馬(スタッフが馬の手綱を引き、お客を馬の背中に乗せて遊覧する)などの営業を市から認められている、ただ1軒の飼育者だ。
現在、宮古馬全40頭のうち27頭をこの牧場で預かっている。
毎年、ここでは数頭の元気な仔馬が自然交配で生まれていて、群れで半放牧された姿を見ることができる。
60代後半の荷川取さん夫婦は、1日のほとんどの時間を馬のために使っている。
いちばん大きな放牧場でも10頭ほどで手いっぱいなので、数か所に分けて飼育している。
そのすべての放牧場をまわり、エサやりとボロ(糞)取り、厩舎掃除を朝夕2回。1日の休みもなく働いている。
飼育員を雇う余裕はないが、ボランティアたちが無給で手伝ってくれていて、それで何とか宮古馬を飼い続けていられるというのが現状だ。
「引き馬」で得られる対価もあるが、それほど需要がないので年間30万円ほどにしかならないという。
◆「次の世代は、馬で食べていけるように」
では、なぜそこまでして宮古馬の世話をしているのか?
荷川取さんはこう語る。
「なぜでしょうねえ、なんの因果か(笑)。でも、ここまで生き延びてきてくれた宮古馬を絶やすわけにはいかない。なんとか次の世代に引き継ぎたい。そして、自分たちは身銭を削るだけの暮らしだったけれど、次の世代には宮古馬でちゃんと食べて行けるようにしたい。その橋渡しのために、今は歯を食いしばって頑張っています」
馬の頭数が増えた荷川取牧場では、雌雄を分け合うための馬場や柵の整備を何年も市にかけあってきた。
しかし予算は通らず、雌雄を分けることができずに、すでに近親交配が進んでいる。
その他、厩舎修繕や数頭の雄馬を分ける馬場の整備などは自己負担している。
宮古馬の飼育者に対しては、1頭につき1月あたりエサ代として約8000円(5000円が保存会から、3000円ほどが馬事協会から)ほどしか支給されていない。
十分な質・量をまかなうためにはエサ代は8000円ではとても足りないのだという。
こうした厩舎、馬場のさまざまな修繕整備、エサ代の不足分などで、荷川取牧場では年間200万円ほどを自己負担している。
土地を売ったり、私財を投じたりしながらやってきたが、それも限界を迎えている。
◆その他の牧場もみな、自己負担をしながら育てている
荷川取牧場の次に多い頭数を飼育しているのが、西平安名崎にあるM牧場だ。
4頭のメス馬を飼育している。
海の見える岬の先端の立地のため観光名所にもなっていて、宮古馬といえば、この牧場の映像が多い。
M牧場はもともと牛農家で、その一隅に宮古馬が放されている形となっている。
しかし放牧場の面積が狭く、厩舎も満足なものがないため、台風のときなど馬は避難する場所がない。
馬にとっては苛酷な状況だ。
とはいえ、M牧場もほかの牧場と同じく、そこにお金をかけるだけの余裕はない。
安全で快適な飼育場を用意したくても、多額の自己負担をしなければそれらを造ることはできないという現状なのである。
残りの3軒も2頭ずつを飼っていて、どこも愛情を込めて預かっているところばかり。
それぞれが大なり小なり自己負担をしながら、小屋を造って餌を買い足し、大事に育てている。
◆20代の飼育者が語る、宮古馬保存会の問題点
以上のように、今回問題になった2軒以外はみな、飼育料・設備への補助金の少なさに苦しみながら真面目に世話をしているところばかり。
宮古馬の飼育は、飼育者の自己犠牲の上に成り立っているのだ。
2018年の後半、新たに宮古馬飼育者として登録した20代のDさんは、「これまでなあなあに進んできた保存会のあり方が、いちいちおかしいと思える」と語る。
「いちばんの問題は、馬や飼育者に対しての保存会の対応です。貴重な“生きる文化遺産”を後世に残し、繁栄させていこうという意思がまったく見えない。飼育者に対しても『市民を代表して飼育してもらっている』という感謝の気持ちがありません。今回の報道後も、何の改善もないまま『調整中』と繰り返すだけ。事態が風化するまで時間稼ぎをしているだけに見えます」
Dさんはさらに、保存会の具体的な問題点を指摘する。
「馬を健康に生かすためには、①餌代 ②台風でも耐えられる厩舎の建築費・修繕費 ③水道代 ④年に一度の健康診断の実施・予防接種など ⑤緊急時でも対応してくれる馬専門のドクターを待機させておくこと、などが最低限必要です。これを行政がすべて用意して初めて、自分たちに『飼育してください』と頼むのが当たり前のことと思います。みなさん宮古馬でメシを食っているわけではなく、各自の仕事や家の事情もありながら自分の時間を割いて頑張っているわけですから」(Dさん)
◆飼育者たちが市長に直談判も、いまだに返答なし
現在、最多頭数を預かっている荷川取さんが、過労のため入院している。
そのため荷川取牧場では、馬の世話を緊急に保存会に打診した。
しかし保存会は何の対策も立てず、入院中という事態のなかで、手伝い要員を自ら手配するしかなかったという。
「こういう時こそ、保存会の存在意義があるのではないのでしょうか。各自が必死にボランティアを募るのではなく、役所や保存会がすぐさま動かなきゃおかしい。当番制でもなんでもいいので、行政が救助態勢を構えておかなきゃダメだと思う。自分以外の飼育者はみんな高齢で、今後このような問題がいつ起きてもおかしくない。そのためにも、保存会が対応してくれる形を作ってくれなければ宮古馬は生き残れないと思います」(Dさん)
2017年10月、飼育者たちは宮古島市の下地市長に直接面会を申し込んで直談判を行い、改善策を提示している。
しかし、市長からはいまだに返答がないままである。
◆宮古馬と人間のあたらしい関係
Dさんは2018年後半、荷川取牧場からもらい受けた1頭の仔馬を飼い始めたという。
ウムグイ(宮古島の伝統的な頭絡=馬の頭につける馬具)を試行錯誤しながら自作し、毎日海まで散歩して一緒に泳いだり、草原で走らせたりと、一対一での親密な関係を築いてきた。
仔馬はこれまで、群れのなかで家族や同じ年齢の仲間と共に育ってきた。
ひとり離されたショックで最初の頃は逃走しようとしていたそうだが、いまではすっかり安心して、新しい今の暮らしを楽しんでいる。
多頭を放牧して飼っている牧場では一頭一頭に時間をかけて向き合うことはできないが、ここでは毎日ていねいにブラッシングをしてもらえ、仲間にエサを横取りされるような生存競争もない。
放牧とは違った、人間との密なコミュニケーションがある。
これまで宮古島では他のどの飼育者もしてこなかった、新しい飼育の形である。
「馬は大きな身体をしているのに攻撃性がなく、心の底から優しい生き物だと思います。命と向き合うことの難しさと素晴らしさを肌で感じています。その中で、自分もまた成長しているような気がします」(Dさん)
そして2018年末、虐待で問題となったN牧場で飼育されていた1頭の雄馬が、Dさんのもとに譲り受けられた。
「この馬は10年もの間、狭い場所に閉じこめられ、走ったこともない。そればかりか、目の前で仲間が次々と衰弱死するのを見てきて、傷ついているでしょう。しっかりと愛情をかけて育てて、ゆっくりと心を開いてもらい、幸せな“馬生”を歩ませてあげたいです」(Dさん)
Dさんはその雄馬にも専用のウムグイを作り、今散歩に慣らせているところだ。
伝統的なウムグイを付けた、新しいスタイルの飼育。
それがどのように展開していくのか、これからが楽しみなところだ。
◆「壊す」ではなく、「守る」。それが島への恩返し
Dさんは最後にこう語った。
「僕たちが生まれる前から、宮古馬は農耕馬としてずっと人を助けてきてくれた。文句も言わずに毎日黙々と働いてきた。そういうことを、この島のみんなは思い出すべきだと思う。今のこの暮らしがあるのも、馬たちがこの島の豊かさを築いてくれたから。もっと宮古馬に関心を持って、みんなで守っていかなきゃいけない。今、島ではさまざまな開発が目白押しで、自然の破壊が急速に進んでいる。自然や命は、失ったら二度と元には戻らない。『壊す』じゃなく、『守る』。それが宮古島に生かしてもらっている人間たちの、島に対する恩返しなんじゃないかと思います」
苛酷な島の風土に溶け込んで何百年もの間、人々の暮らしを支え続けてきた宮古馬。
今では島民たちにも忘れ去られ、その存在は風前の灯火となっていた。
しかし、しだいに次の世代がその大切さに気づき始め、暮らしの中に宮古馬とのあたらしい関わりを取り入れるようになってきているのだ。
虐待問題で揺れた宮古島に、小さな希望が生まれ始めている。
<取材・文/『週刊SPA!』宮古馬取材班>
ハーバー・ビジネス・オンライン
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