<秋田犬>人気者はつらいよ 見知らぬ人はストレス?
展示で体調不良のケースも
2018年11月11日(日) 毎日新聞
今年、平昌冬季五輪フィギュアスケート女子の金メダリスト、アリーナ・ザギトワ選手にプレゼントされるなど、世界を舞台に活躍する秋田犬(あきたいぬ)。
全身フワフワの柔らかい毛に包まれた、愛嬌(あいきょう)たっぷりの大型犬は、いまや秋田県の観光に欠かせない存在だ。
休日ともなると、秋田犬見たさに多くの観光客がやってくる。
ただし、光が当たれば影も生まれる。
肝心の秋田犬が展示のストレスからか体調不良になるケースが出るなど、人気ゆえの課題も浮上し、関係者は対応策を模索している。
【森口沙織】
観光客にも人気の秋田犬「武家丸」=秋田県仙北市角館町の「角館さとくガーデン」で2017年12月15日午後1時40分、山本康介撮影
◇秋田の顔、圧倒的な存在感
秋田支局の記者として、秋田市に赴任して約2年半。
この1、2年は秋田犬人気が県内でも急上昇している。
駅などに張られる県の観光PRポスターを見ても、「巨大な包丁を手にした男鹿のナマハゲに寄り添う秋田犬」だったり、「黄金色に染まった田んぼの前で秋田犬がたたずんでいる」ものなど、複数のパターンを目にした。
秋田の玄関口、JR秋田駅の改札近くには巨大な「秋田犬バルーン」も登場、スマートフォンやカメラで写真に収める人が多く見られる。
秋田犬はもはや県の顔、秋田の主役、と言っても過言ではない。
県の観光振興課によると、観光客が秋田犬に会える県内の施設は昨年の5カ所から、2倍以上増えて12カ所になった。
7月にオープンした道の駅「オガーレ」(男鹿市)でも、展示に向けた準備が進められており、まだまだ増えそうなのだ。
秋田市の観光振興課によると、市中心部にある展示施設「秋田犬ふれあい処 in 千秋公園」と「秋田犬ステーション」には、これまでに7万人以上が訪れた。
ふれあい処は11月4日で今年の営業を終えたが、好評ぶりを受けて来年も展示を続ける方針という。
秋田犬発祥の地とされる秋田県大館市にも6カ所の展示施設があるが、同市観光課の担当者は「肌感覚だが、秋田犬目当ての観光客は確実に増えている」と手応えを口にする。
◇体調崩した秋田犬、ニュースに
ただし、「光と影」はやはり表裏一体だ。
8月下旬、大館市にある秋田犬観光スポット「秋田犬ふれあい処」の「飛鳥(あすか)」(雌、2歳、虎毛)が、同月中旬から腹をくだすようになったとして「9月1日からしばらく休養する」とのニュースが報じられた。
施設を運営する大館市の福原淳嗣市長が8月31日の定例記者会見で「多くの人と触れ合い、ストレスがたまったのでは?」と分析したのが、「影」を考える発端となった。
大館市は獣医に飛鳥のチェックを依頼。
ウイルス検査なども行ったが、体調不良の原因は特定できず、しばらく休養させた。
結果、飛鳥は体調を取り戻したという。
飛鳥は話せないため真相は不明だが、「大勢の観光客に触られるなどしてストレスでダウンした」との見方が、秋田県内では「通説」となっている。
秋田犬に詳しい、公益社団法人「秋田犬保存会」(本部・大館市)によると、そもそも秋田犬は飼い主への忠誠心が強い半面、見知らぬ人には警戒心を抱きがちな性格。
保存会の関係者は「犬の個性もあると思うが、知らない人から触られ続けるのは、秋田犬にはストレスとなっている可能性がある」と指摘する。
◇犬に配慮した展示のあり方模索
どうすれば貴重な秋田犬にかかる負担を減らし、大勢の観光客に見てもらえるのか--。
難問だが、関係自治体や秋田犬の保存に関わる担当者の動きは早かった。
飛鳥がダウンした大館市は、ふれあい処の開館日を週5日から3日へと大きく減らし、寝ている犬に無理に触ることを控えるよう呼びかけた。
さらに、秋田犬の歴史や性格などに関する知識を場内で職員が提供し、観光客の満足度アップを図るようにしている。
「触れる代わりに『秋田犬について知る』という楽しみを提供するように心がけています」と担当者。
飛鳥がダウンしたニュースを知ってか、最近では理解者も増え、犬に対して「人気者も大変ね」とねぎらってくれる人も出てきたという。
実は「秋田犬ステーション」では元々、犬に触れることは禁止だ。
担当者によると、秋田犬を前にして客が犬の名前を呼んでも無反応・・・ということが多いのだという。
そんな時、「飼い主に忠実で、そっけない態度もまた、秋田犬の魅力なんですよ」とフォローすることを心がけている。
◇秋田犬のイメージ「守りたい」
10月下旬、秋田市内のホテルの一室に秋田県内の自治体や秋田犬を飼育する施設管理者など約20団体の関係者が集まり、「秋田犬ネットワーク会議」が発足した。
県観光振興課に事務局も設置し、意見交換を始めた。
参加者からは「犬と普段から触れ合っている愛犬家も秋田犬の性格に関しては理解していないことが多い」「展示時間に秋田犬が寝ていて動く姿を見られなかった、と残念がる声があった」など現場の状況が次々と報告された。
会議の座長に就いた県観光振興課の成田光明課長は「秋田犬は観光資源だが、生き物です。かみ付き事故があれば『秋田犬』のイメージにも関わる。秋田犬を守りながら、多くの人に楽しんでもらえる方法を探っていかないと」と話す。
検討すべき課題はまだある。
秋田犬を見学できる秋田県仙北市の観光施設「田沢湖共栄パレス」の鬼川孝助理事長は昨年、飼っていた秋田犬(8歳)を見取った。
秋田犬の平均寿命は10~13歳ほど。
晩年は病気で介護が必要だった。
「大型犬を最期まで責任をもってケアするのは非常に手がかかる。展示施設の増加に合わせて犬が増えれば、引退した老犬を受け入れる体制も必要だろう」。
理事長の指摘だ。
◇秋田犬(あきたいぬ)
1931年に日本犬として初めて国の天然記念物に指定された。
くるんとした尾や三角形の耳などが特徴の大型犬。
毛色は白毛、赤毛、虎毛の3種類が基本で、成犬だと小さくても体高60~70センチ、体重25~35キロになる。
かつては、狩猟犬や闘犬として飼育された。
雑種化の懸念から、1927年に公益社団法人「秋田犬保存会」(本部・秋田県大館市)が設立された。
東京・渋谷駅前に銅像がある「忠犬ハチ公」も大館市生まれの秋田犬だ。
ハチ公を描いた米映画「HACHI 約束の犬」(2009年公開)をきっかけに海外で秋田犬人気がブレークした。
保存会によると2017年に登録された秋田犬6671頭のうち3967頭が海外暮らし。
【愛くるしい秋田犬の子犬たち】