〈終末期を考える〉 動物活用、ホスピスに笑顔
2014年1月14日 中日新聞
基準なく、方法は手探り
末期がんの患者が残りの人生を過ごす緩和ケア病棟(ホスピス)で、動物の癒やしの力を活用した取り組みが広がっている。
病室へのペットの持ち込みを許可したり、おとなしい犬などと触れ合う「アニマルセラピー」の機会を設けたり。
衛生面や感染症の恐れから持ち込みはご法度な病院も多いが、死を見つめる現場で、ふさぎがちな家族や医療スタッフの支えにもなっている。
(山本真嗣)
セラピー犬と触れ合うホスピスの看護師=名古屋市中川区の名古屋掖済会病院で
名古屋掖済(えきさい)会病院(名古屋市中川区)の緩和ケア病棟に入院する70代の男性は週末が待ち遠しい。
息子が愛犬を病室に連れてきてくれるからだ。
3年前に独り暮らしの自宅で飼い始めたコーギー犬。
今はがんの影響で自由に動けず、抱き上げることもできない。
でも、車いすの足元にじゃれつく姿を見るだけで笑みがこぼれる。
昨年末も愛犬と戯れ、年を越すことができた。
同病院はホスピスに限り、開設当初から個室へのペットの持ち込みを認めている。
ペットは家族がケージに入れ、特別な出入り口を通る。
宿泊はできないが24時間、いつでも面会できる。
「ペットも家族。できるだけ自宅に近い環境を提供したい」と看護師長の近藤富子さん(60)。
ほとんどが室内で飼っている犬や猫で予防接種もされており、衛生的な問題や、他の患者からの苦情が出たことはないという。
ペットに会うためにホスピスを希望する患者や、看護師に死後のペットの相談をする人もいる。
3年前からは毎月1回、中部アニマルセラピー協会(名古屋市千種区)がセラピー犬を連れてボランティアで訪問。
共有スペースで看護師も触れ合え、患者が希望すれば、個室で抱くこともできる。
ベッドの患者らを癒やすセラピー犬や猫
=昨年12月18日、名古屋市昭和区の聖霊病院で(ロイヤルアシスタントドッグ提供、一部画像処理)
名古屋市昭和区の聖霊病院のホスピスも個室でペットと面会できるほか、昨年から2カ月に1度、ボランティア団体「ロイヤルアシスタントドッグ」(愛知県安城市)によるアニマルセラピーを始めた。
昨年12月中旬のセラピーでは、セラピー犬や猫10匹近くが集合。点滴をし、ベッドに横たわりながら参加する患者も。猫好きの男性は枕元の猫を右手で優しく抱き締め「もう1度、猫に触れるなんて思わなかった・・・」と涙を流した。
精神科医で、病院でのアニマルセラピーの効果を研究する帝京科学大(東京)の横山章光准教授(50)は「死に直面した人は孤独が1番怖い。
動物に触れたり、抱き締めたりすることで生命の温かさを感じ、孤独感が癒やされる」と説明。
家族や医療スタッフは患者の死を意識するあまり、言葉や態度で互いに気を使い合う。
だが、動物はそういった気苦労がなく、動物の介在で会話も弾む。
動物に触れて喜ぶ患者の笑顔に、精神的につらい家族や医療スタッフが癒やされ、「周囲の人へのケアにもなる」という。
ただ、衛生面やアニマルセラピーの方法について学会や国で確立された基準やマニュアルはなく、全て現場の医療スタッフや動物愛護の民間団体などが手探りで行っているのが現状。
さらにホスピスが別棟となっておらず、一般病棟に併設の病院は他の病棟や一般患者への影響を考え、二の足を踏むことが多い。
それでも独自の工夫で取り組む病院も。
ホスピスが一般病棟の6階にある津島市民病院(愛知県津島市)は持ち込めるペットをケージに入る小型動物で、予防接種を済ませていることなど条件を満たしているものに限定。
事前に家族へ病室までの最短経路を指定し、業務用エレベーターで連れてきてもらっている。
ペットがほえないかなどを事前に看護師らが家族に聞き、毎回「入室許可証」を発行する徹底ぶりだ。
中部アニマルセラピー協会の青木健理事長(44)は、「動物嫌いやアレルギーの患者もいる。患者本人の意向を踏まえ、病院側と家族、ボランティア団体が十分に打ち合わせた上で行うことが大切」と指摘する。
会話の潤滑油に日本動物病院福祉協会(東京)が2006年度、アニマルセラピーをしている高齢者施設(約140カ所)のスタッフ約230人から集めたアンケートでは、58%がセラピー実施後に日常生活で利用者の笑顔が増えたと答えた。
同協会が09年度、60歳以上のペットの飼い主約1000人に実施したアンケートでも、「ペットの話題が豊富に出る」と答えた人は716人(72%)。
このうち、598人(84%)が「家族間の会話が活発」と回答するなど、動物がコミュニケーションの潤滑油になっていることが、裏付けられた。