「120匹」問題で「猫屋敷」の主人直撃
「野良猫増えたのは行政のせい」 周囲は「糞尿まみれ」批判
2016年12月12日(月) 産経ニュース
埼玉県深谷市で「120匹」とされる多数の猫を飼っていた55歳の男性がインターネットで市長に殺害予告をした容疑で逮捕され、猫が無人の家に置き去りにされた問題。
産経新聞は不起訴処分で釈放されたこの男性に直接取材を行い、「野良猫が増えたのは行政が招いたことだ」などとする言い分を聞いた。
一方で、男性に対しては「室内が猫の糞(ふん)尿まみれ」「支援金の使途が不透明」などと批判も出ている。
「深谷120匹猫問題」を掘り下げる。
自宅で飼っている猫と戯れる男性=11月29日
玄関は鼻をつくにおい
庭にごみが積まれた一軒家。
記者がその前に立っていると、道路側からニット帽をかぶった白髪の男性が「なにやってんだよ」と怪訝(けげん)そうな表情で近づいてきた。
この人が「猫屋敷」の主人だ。
釈放された男性は猫を飼い続けていた。
男性によると、保護して飼っている野良猫は逮捕前は約120匹いたが、勾留中に病死するなどして「今は100匹を切っている」という。
埼玉県警深谷署は男性の逮捕時に「数は分からないが、50匹以上いるのでは」としていた。
男性は玄関を開けて家の中を見せてくれた。
糞尿のにおいが鼻をつく。
それもそのはず、靴を脱ぐ場所全体に猫のトイレ用の猫砂が敷き詰められていた。
男性と会話している途中で、記者の足下で用を足す猫もいた。
「おい、肩が当たっているぞ」。
天井からつるされた真っ黒になったハエ取り紙が、記者の右肩に触れていた。
玄関にいた猫は10匹ほど。
男性は猫と楽しそうに戯れている。
飼育費は多いときで月20万円以上かかり、餌が足りなくなれば「あいつらが食ってないなら自分も食えない」と食べないようにするという。
寝るときは汚れた床を避け、椅子に座って寝ることが多いと普段の生活を話してくれた。
「市長に殺意」書き込みで逮捕
「深谷市長にははっきりと殺意を感じている。殺される前に殺した方がいい」
男性は10月下旬、フェイスブックにこう書き込んだ。
「イチかバチかという気持ちだった」という。
生活保護を打ち切られたことへの怒りがあった。
そして逮捕された。
なぜそんなことをするに至ったのか。
男性の言い分を聞いた。
男性は同市の別の場所に住んでいた平成16年ごろ、病気のため働くことが困難になり、生活保護を受給し始めた。
19年ごろ、写真を撮るために出かけた近所の公園で、猫の世話をしていた年配男性から「この子を連れて帰ってくれないか」と言われた。
「自分は体が弱く、いつ死ぬかわからないから」と断ったが、「1週間でも1カ月でもかわいがってもらえたら、この子は幸せだから」と言われ、子猫を1匹保護した。
これが野良猫の保護活動の始まりだった。
成長した子猫を見せに行くと、年配男性は喜んだ。
その公園には頻繁に猫が捨てられていることを知り、「できる限り手伝うよ」と力を合わせて保護活動をしようとしたが、同年8月、年配男性は交通事故で亡くなった。
それを機に、保護活動への気持ちが強まったという。
野良猫保護活動の支援金で生活保護停止
その後、公園などで見つけた野良猫を家で飼う保護活動を続けていくが、生活保護を受ける身に金銭的余裕はない。
そこで、ネットで援助を募って活動を続けた。
この支援金が、事件の引き金となった。
深谷市は支援金を収入とみなし、数年前に生活保護を停止した。
さらに、支援金と重複して受給した約100万円の返還を請求した。
男性は生活苦と猫を手放したくないことから、深谷行政へ敵対心を強めていった。
「そもそも野良猫が増えたのは行政が招いたこと。誰もやらないからやっているだけで、深谷市はおかしい」というのが男性の言い分だ。
この気持ちが「市長に殺意」の書き込みにつながったが、それは警察に見逃されるはずもなかった。
「深谷市の対応が遅れているとは思わない」
ここで「120匹猫問題」をめぐる男性以外の声も紹介しよう。
まず、深谷市の野良猫への対応に問題はあるのか。
埼玉県内の野良猫問題を担当する県動物指導センターの平成27年度市町村別猫収容数では、同市は熊谷市の138匹に次いで2番目に多い115匹の猫が収容されている。
県生活衛生課は「県北は野良猫が多いが、深谷市の対応が遅れているとは思わない」との見解を示している。
同県では地域ごとに野良猫を管理する「地域猫活動」を推進しており、平成24年から活動に取り組む自治会やボランティアに年間上限40万円の助成金を出している。
「各市町村独自に避妊の助成を行っている東京都など、埼玉より進んでいるところもあるが、特別遅れているとは思わない」と同課。
これまで県内13団体に助成を行っているが、深谷市の団体に対しての助成は行われていない。
同市環境衛生課は「野良猫に関する問い合わせがないわけではないが、年間数十件程度。深刻に考えなければいけない状態ではない」という。
また、市内の団体から「地域猫」の助成金申請もないという。
「支援金の用途が不透明」と不信感も
男性を「動物愛護活動家」として共感し支援する人がいる一方で、元支援者からは「猫のために寄付したお金が、本人の生活に使われているのではないか」「支援金の用途が不透明だ」などの批判も出ている。
県から委嘱を受けたボランティアで動物愛護推進委員の女性(55)は「彼の言い分で動物愛護の部分は間違いではないと思うが、やり方の部分に疑問を感じる」と話し、主に個人の限界を超えた飼育を問題視する。
「120匹」と自称した猫の数が、適正な環境で1人で飼える規模ではないことは確かだ。
関係者は「彼は猫第一の生活をしているが、掃除が追いついていない。室内は糞尿まみれ」と指摘する。
そのため、近隣には悪臭被害を訴える声も出ている。
避妊手術もしていないが、これについて男性は「雄と雌で部屋を分けることで対応している」と主張する。
ただ、男性が飼育に尽力しても、先の逮捕のように突然世話ができなくなると、猫たちは生命の危機にひんする。
男性の逮捕後、猫たちに餌をやり続けたのは県動物指導センターの職員だった。
「里親になんか出さない」他者を信用せず
その職員は「男性と協力できる態勢が整えばいいんだけれど」とこぼす。
男性の勾留中、猫を里親に出すよう交渉したところ、男性は「里親になんか出したら何をされるかわからない」と憤慨。
また、過去に里親に出した際には、毎日のように様子を見に行っていたという。
「行政は助けてくれない。愛護団体は信用できない」と男性。
疑心暗鬼は支援者に対してもおよび、フェイスブックで口論になった相手が同センターに餌を寄付していることを知ると、「毒が混ざっているかもしれない」と受け取りを拒否するようになった。
元支援者の女性は「少しでも気にくわないことがあると、フェイスブックで罵(ののし)ってブロックする」とあきれた表情を見せる。
男性は猫の餌代などに困ると、病気の猫の写真をフェイスブックに載せるなどして強く支援を呼びかけるが、この女性は「深く考えず、一時的な支援をしてしまった」と反省している。
動物愛護に限らず寄付金を集める団体では収支報告をするのが常識だが、1人で全てをこなす男性はそこまで手が回らない。
支援者にお礼と共に領収書の画像を送ることもあったが、全員には送れず対応に差が出たため、不信感を抱いた元支援者もいた。
今後も飼い続けられるのか
釈放された男性の生活は苦しいようだ。
逮捕を機に、活動に疑問を持っていた人々からの批判が高まり、支援も届きにくくなった。
仕事がないため収入もない。
関係者によると、約6年前にも男性の生活が苦しくなったことがあった。
当時を知る動物愛護推進委員の男性は「『食べる物もなく猫と一緒に死ぬ』というようなことをブログに書いていて、仲間と一緒に直接食料を届けに行った。数えると猫は60匹いた。何度か通って猫を手放すよう説得したが、『2度と来るな』と怒られた」という。
男性が猫の所有権を放棄すること望んでいる関係者は少なくないが、本人は猫を手放す気は一切ない。
今でも男性を信頼する支援者は存在している。
解決の日は訪れるのだろうか。
(さいたま総局 川上響)
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