犬とのふれあい 病とたたかう子どもたちの「生きる力」に
2016年12月5日(月) sippo(朝日新聞)
そっと犬のお腹に触れる子ども(c)大塚敦子
東京・中央区にある聖路加国際病院の小児病棟には、月に二回、犬たちがやってくる。
公益社団法人動物病院協会(JAHA)のCAPP活動に参加するセラピー犬とボランティアのチームだ。
犬が好きな子どもにとっては、入院中に犬に会えるなんて、思ってもみなかった嬉しい贈り物。
犬を撫でたり、抱っこしたり、おやつをあげたり、短いお散歩に出たりと、思い思いに犬とのふれあいを楽しむ。
日本初となる小児病棟への犬の訪問活動は、2003年の2月にスタートした。
きっかけは、犬が大好きだったある女の子の死だったという。
余命いくばくもないときに「犬に会いたい」ともらしたその子が亡くなり、その後、やはり犬に会いたがっている女の子がいるとわかったとき、彼女の希望をかなえるために速やかな検討が始まった。
聖路加国際病院の小児病棟には、免疫力が低下している小児がんの子どもたちが多く入院している。
感染症、アレルギー、犬が人や物に危害を与えないか、などの点が心配されたため、医療機関への訪問活動に20年以上の実績を持つJAHAに協力を要請。
わずか半年ほどで訪問活動が実現することになった。
それ以来、アレルギーの発症もなく、無事故で今日に至っている。
犬が手からおやつを食べてくれて、「やったー」(c)大塚敦子
私はアメリカの病院で取材をすることも多いのだが、そこではセラピー犬があたりまえのように病棟を訪問する光景を目にする。
アメリカの医師たちの何人かに、免疫が弱っている人たちが動物とふれあうことをどう思うか、と聞いてみると、彼らの答えは、「動物が好きな人にとっては、きちんと健康管理された清潔な動物であれば、ふれあいから得られるベネフィットのほうがリスクよりも大きい」というものだった。
聖路加国際病院小児病棟での犬と子どもたちのふれあいを見ていると、そのことをあらためて実感させられる。
小児がんなどの難病で、懸命に命と向き合っている子どもたちにとって、犬とふれあう時間は、ひととき病気のことを忘れて子どもに戻れる貴重な時間だ。
いまでは小児がんは80パーセント近くが治るようになったそうだが、それでもやはり亡くなる子どもはいるし、よくなって退院していく子どもたちも、病気によるさまざまな影響を受けている。
入院中の経験がどれだけポジティブなものであったかは、どの子どもにとっても、またその家族にとっても、大きな意味を持つにちがいない。
何日も笑っていなかった子どもが犬と遊ぶときに見せる笑顔は、付き添う家族にとってはかけがえのないものだろう。
私は2007年から約3年半にわたり、聖路加国際病院小児病棟で、犬と子どもたちのふれあいを軸に小児がんと闘う子どもたちの姿を撮影し、「わたしの病院、犬が来るの」という写真絵本にまとめた。
そして、今度はより深く掘り下げた大人向けのノンフィクションとして、「犬が来る病院」を上梓したところだ。
私が出会った子どもたちは、病気という困難を抱えながらも、遊びや学びのなかでたくさんの楽しみを見つけ、仲間をつくり、ともに乗り越えていく力を持っていた。
このような力のことを、英語ではResilienceという。
一言で日本語に訳すのはむずかしいが、雑草がたとえ踏みつけられてもまた立ち上がってくる、あのような回復力のことを言う。
生きる力、と言ってもいいかもしれない。
どんなに病気で弱っていても、子どもたちは最後まで楽しむことをあきらめない。
ある子はケーキを作り、ある子は死の直前までお絵描きをやめなかった。
亡くなる数日前にもかかわらず、犬に会うために、力を振り絞ってプレイルームに来た子もいた。
子どもたちの生きる力を引き出すために、また、人生に残された時間のQOL(生命の質)を高めるために、犬たちが果たす役割はほんとうに大きいと実感する。
(フォトジャーナリスト・大塚敦子)
【写真特集】犬と触れ合う小児病棟の子ども
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